テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2021年08月号

キー局が同時配信を始めたらローカル局はおしまいなのか?

2021年08月25日 09:19 by sakaiosamu
2021年08月25日 09:19 by sakaiosamu

遅くとも来年1月には全キー局の同時配信が出揃う

昨日届いた映像新聞の一面トップでキー局の同時配信開始が報じられていた。昨年、日本テレビが単独で同時配信の実験を行い、今年の秋にはキー局が並んでスタートするのだと囁かれていた。だが映像新聞の見出しには「10月から順次開始」とある。

「10月に一斉に始める」との噂だったのだが、簡単には足並みが揃わなかったようだ。映像新聞によると日本テレビは当初言われていた通り10月に開始するが、他の局は"順次続く"という。さらにこう書かれている。

「早ければ12月、遅くとも22年1月には5局が出揃う形にする。」

「各局の開始のずれは、ドラマの話数などの関係で、CMセールスのタイミングが異なることも関連している模様。」

テクニカルな面より、営業的な問題で開始時期がずれるようだ。いずれにせよ来年1月には「出揃う」ので間違いなさそう。

同時配信すると視聴率が下がる、という勘違い

さて、この同時配信ほど放送業界が恐れ慄いてきた案件もないだろう。キー局が同時配信を始めたらローカル局はおしまいだ。そんなことを多くの人が言い、ある意味表立った議論はタブー視されてきた。

一方で私に限らずメディア研究者には同時配信を推進すべきだと主張する人が多かった。そして反対派と推進派の意見にはずれがあり、それが埋まらないままここまで来た気がする。

キー局がこのタイミングで同時配信を始めるのも、どうもネットワーク費を払わなくて済むようにしたい、との目論見があるように思える。ローカル局は文句を言うかもしれないけど、そんなケアをしてられないくらい放送事業は危ういからはじめちゃうね。そんなつもりではなかろうか。(あくまで筆者の推測だが)

だが本当にそうなるだろうか。私は甚だ疑問だ。ネットでテレビ放送が見られるようになったら大激震が起こる。とくにローカル局の上層部はそんな懸念を持ち同時配信を敵視してきた。自分たちの存在意義がなくなってしまう、だからやめろ。やめてくれ。そう信じ込んでいるようだが、ある種の迷信のように私からは見えていた。テレビがネットで見られることを、恐れ過ぎている。

実際、昨年春にNHKはNHKプラスで同時配信をスタートしたが、民放の視聴率は下がっただろうか。いや、逆に上がった。コロナ禍による巣篭もり時期にあたった去年の4〜6月期は在宅時間が増えてテレビ視聴が全体に増えたからだ。同時配信の影響なんてまったくと言っていいほどなかった。

なぜならば、同時配信で見られるようになっても、そこにテレビ受像機があれば人は放送をテレビで見るのだ。NHKが同時配信を始めたからと言って、民放のいつも見ている楽しい番組を見るのをやめ、テレビのスイッチを切ってNHKスペシャルを同時配信でわざわざ見る人はいない。いや、そんなにNHKスペシャルが見たければテレビで普通に見ればいいのだ。NHKが同時配信を始めたからと言ってテレビを消してスマホで見るなんて誰もしないに決まっている。

キー局が同時配信してもローカル局の視聴率に影響なし

これは民放キー局が同時配信を始めても同じことだ。テレビ放送はテレビ受像機で見るのが一番いい。同時配信があるからとテレビを消してスマホで見るなんて若い世代だってしないだろう。大好きなサッカーの試合が自分がいつも持ち歩いているスマホで見られるとしても、そこにテレビ受像機があればそっちで見る。サッカーを小さい方の画面で見たがる人はいないはずだ。そしてどんな番組でもそれは同じだろう。

ローカルは事情が違う。東京でやってても我がエリアでは放送していない番組がある。それに視聴率を奪われるのだ。そんなことを言う人もいる。例えばネット局がないエリアで、テレ東の人気番組を見たいという人は多いだろう。だがそんなにテレ東が見たい人は、すでにケーブルテレビに契約して視聴できる環境にしているはずだ。いや、いまはTVerがあるのだからそんな人気番組はいつでも好きな時間に見ることができる。東京の放送時間とまったく同じ時間に見たいというほどの人でなければ、TVerで見る方が便利ではないか。

唯一同時配信の明確な出番になりそうなのは、若者の夜の時間だ。夕食を家族で囲んで、しばしリビングでテレビを見た後(それも親が見ている番組につきあって見るだけだが)、自室に彼らは戻る。そこで見るのはスマホだ。昔は子供部屋にもテレビはあったものだが、いまはそんな家庭は少ない。自室でスマホをあれこれいじる中に、テレビ番組の同時配信が滑り込む余地がある、かもしれない。それも、彼らが見たい番組があれば、の話だが。

そして若者がもし自室で同時配信を楽しんだとしても、リビングでは親たちが電波で届いたテレビ番組を見ている。つまり、同時配信は既存のテレビ視聴を棄損しないのだ。

私は断言する。同時配信をキー局が始めても、ローカル局のテレビ視聴には影響しない。みなさんが視聴者の行動を具体的に想像しないから、イメージだけで大変なことになると言っているだけだ。

同時配信がテレビで見られるようになると?

ただ、その次の段階を想像して「やっぱりローカル局はいらなくなる」という人もいるだろう。次の段階とは何か。同時配信がテレビ受像機で見られるようになった時だ。なるほど、そうなると話は変わってくるかもしれない。だがこれも、想像を巡らせるとそう簡単ではないことに気づくことになる。

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