テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2020年09月号

映画「はりぼて」に込められた後発局の忸怩たる思い

2022年02月03日 14:36 by sakaiosamu
2022年02月03日 14:36 by sakaiosamu

富山の地上波ローカル局チューリップテレビ製作のドキュメンタリー映画「はりぼて」。8月末に見てすぐにMediaBorderで書いた。

映画「はりぼて」が暴いたのは、地方政治の裏側だけではない

あまりに気に入ったので富山に取材に行くことにした。そのお願いでやりとりしていたら、9月26日27日に東京で監督二人の舞台挨拶があるというので見に行った。お二人にご挨拶できるなら、メディア酔談を一緒に運営している相澤冬樹に引き合わせようと彼を誘った。当然だが、相澤も面白く見たようだ。

舞台挨拶では「なぜ君は総理大臣になれないのか」の大島新監督がゲストに招かれ、大島氏が監督二人に質問する形で進んだ。

二人の監督とは、キャスターの五百旗頭(いおきべ)幸夫氏と、記者の砂沢智史氏だ。映画の中にも頻繁に登場する彼らが事件を追い、最後のほうでは現場を離れる苦悩も描かれる。

この映画は政治家の不祥事をコメディとして描いているのが面白く笑えるのだが、ただ決して心から快活に笑えるわけではない。笑ううちにどこか哀しく切ない気持ちにもさせられる。もちろんそれは、あまりにも日本の政治の情けない実態を見せつけられるからだ。ただそれとは別に、作り手たちが何かモヤモヤした憤りのようなものを抱えていると感じ取ってしまうからでもあると思う。

舞台挨拶からそれが何なのか、少しわかったので書いておきたい。

大島氏から、見た人の反応について質問された時、五百旗頭氏はこう言った。できるだけご本人の発言をそのまま再現してみよう。

マスコミ試写会で同業者から言われたのが"自分たちを悪く描く必要があるのか"ということでした。最後の5分間(二人が現場を離れ、何らかの忸怩たる思いを抱えている様を描いている。五百旗頭氏はここ数年間で会社の報道への姿勢が変わったことを告白している)について否定的な人が多かったですね。

ただ、ぼくらとしては富山最後発の局で、いまマスゴミとテレビ局が叩かれてますけど、ぼくらは「第四の権力」と思えたことはありません。ずっと馬鹿にされてきていつか見返してやろうという下克上の精神で制作しました。

4年前のスクープの成果で賞もいただきましたけど、だからこそ襟を正さなければならない、そこで驕ってしまったら自分たちは終わりだという意識がありました。自分たちはずっと弱い立場でやってきてテレビメディアに対する危機感がずっとあったので、そういう面からああいう表現になったのもあります。逆に強い組織に守られてる人たちは自分たちをカッコ悪く描くことは発想としてたぶんないんですよね。そこの認識の違いは感じました。

チューリップテレビはTBS系列、いわゆるJ系だ。他の地域のJ系局は、ラジオ局としてスタートしたエリアの最古参、老舗局であることが多い。新聞社とつながりが強い局も多く、地元メディアの雄だ。だがチューリップテレビはもともとテレビユー富山、として90年に開局した新参者だ。福島、山形と同様、なぜかJ系がなかった地域にTBSが推進役となってできた局は「テレビユー」が局名につく。ただチューリップテレビは設立時の愛称として使われたチューリップテレビをそのまま社名にした。

「馬鹿にされた」「下克上」という言葉に、忸怩たる思いを抱え続けた五百旗頭氏はじめこの局の人たちの悔しさが伝わってくる。今に見てろよ!そんな気持ちが、膨大な資料から政治家の私腹を肥やすからくりを見抜く原動力になったのだろう。

マスゴミとネットで叩かれるのを見ると、さらに複雑な気持ちになったことを想像してしまう。「おれたち第四の権力じゃないし!ひとっつも権力じゃないよ」そう悔しがっていたのではないか。だからこそ逆に、テレビメディアの危機感を他局よりずっと感じてもいた。私はそういうところに本能的に惹かれたのだろう。


※撮影:相澤冬樹

舞台挨拶終了後、お茶を飲みながら相澤とともに監督のお二人からいろいろと話を聞けた。私が気になっていたことは多々あるのだが、まず聞いたのはなぜ連名の監督なのか、役割分担はどう分けたのか。

4年前の取材時も取材は砂沢氏、五百旗頭氏がディレクターの関係だった。映画化も言い出したのは五百旗頭氏で、編集などは彼が主に行っている。正直、監督がどっちかと言えば五百旗頭氏なのだが、彼はこの春から石川テレビに移籍している。映画の最後でも彼が他の社員にその説明をするのだが、会社にいない人間が監督だと何かと都合が悪いので連名になったのだそうだ。まあ実際二人が中心になって作ったのは明らかだから見ていて違和感はない。

相澤は「ナレーションは必要だったのだろうか」と聞いた。彼は最近ドキュメンタリー映画をいくつか見て、説明的なナレーションはまったくなかったので、山根基代氏のかなり状況を説明するナレーションを過剰に感じたのだ。

「はりぼて」は4年前に放送したテレビ版があり、編集などは再び行ったものの、テレビ版でついていた山根氏のナレーションをどうするか議論になった。使い込みのからくりなどを理解してもらうには必要との結論に至り残したそうだ。私も、山根ナレだとTBS「報道特集」に思えてしまい違和感があったのだが、そうなった理由はよくわかった。

映画でも描かれた通り、お二人はそれぞれチューリップテレビ報道の現場を離れた。五百旗頭氏が移籍した石川テレビにはドキュメンタリー制作部があり、いまの同氏は報道部と兼務でそこに所属している。チューリップテレビの仲間たちに別れを告げる時に漏らしたことと考え合わせると、五百旗頭氏はいい意味で新天地に移れたのだろう。

砂沢氏は映画の中にも出てくるが、社長室兼メディア戦略室に異動。この映画のプロデューサーにクレジットされている服部寿人氏の部署だ。服部氏は制作時は報道局長だったので、二人セットで社長室兼メディア戦略室に移った。服部氏が先に行っていて砂沢氏を呼び寄せた形だという。

傍から見るとスクープをものにして出世したように映る。局の将来を担うべき部署ではないだろうか。ただ砂沢氏は「経理です」と言う。簿記を勉強中で借方貸方の仕分けを習得中といっていたので本当に経理的な作業があるのだろう。


左:五百旗頭幸夫氏 右:砂沢智史氏

方や他局に移籍しドキュメンタリー専門部署に映った。方や報道の現場は離れたが出世の道を歩みだした。めでたしに見えるが、映画の最後のやや悲壮な感じとはギャップがある。そのギャップはまた富山に取材に行って埋められるか試みたいと考えている。

「はりぼて」はこの日もお客さんが大勢押し寄せ、舞台挨拶後のロビーは賑やかだった。上映館も全国に広がりつつあるので、ぜひみなさん見てもらうといいと思う。きっといろんなことを考えてしまう作品として楽しんでもらえるだろう。

 

 

 

 

 

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