テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2023年11月号

「骨なし灯籠」は新しい郷土映画であり、映画製作の新潮流だと思う

2023年11月24日 09:56 by sakaiosamu
2023年11月24日 09:56 by sakaiosamu

映画「骨なし灯籠」は、私の長年の友人で脚本家の木庭有生子氏が、木庭撫子の名で監督まで務めた作品だ。昨年七転八倒しているのはSNSを通じて知っていたが、試写会を東京で行うと聞き見に行った。脚本家としては賞も取った実力者だが、監督なんて大丈夫?そんな冷やかしの気持ちで見たら、思わず号泣してしまった。いろんな意味で素晴らしい映画なのでここで紹介したい。

熊本県山鹿市の「郷土映画」としての素晴らしさ

タイトルの「骨なし灯籠」は熊本県山鹿市でお盆のお祭りに使われてきた、紙だけで作られた灯籠。頭にこれを被った女性が踊る「灯籠踊り」が祭りの核だ。映画では、山鹿市と灯籠祭りを舞台に物語が展開する。

画像

妻を亡くした男が、妻の故郷・山鹿に骨壷を手にたどり着く。街にたくさん貼られた灯籠祭りのポスターに描かれた女性に妻の面影を見出した男は、灯籠を作る灯籠師たちと出会い、その制作に加わる。だが彼は骨壷を「これは妻だ」と言い張り喪失から立ち直れずにいた。彼は山鹿で何かを見出せるのか。

画像

そんな物語なのだが、正直前半はウジウジする主人公に共感できなかった。後半に意外な展開になり、徐々に引き込まれるうちにクライマックスで涙が止まらなくなる。ウジウジしていた男に自分を重ねてしまうからだ。

物語を魅力的に彩るのは、山鹿の街の風情。歴史ある街並みや素晴らしい建物、そして灯籠の美しさがストーリーに深みを与える。この舞台がなければ盛り上がらなかっただろうし、また見終わると山鹿の街を自分の目で見たくなる。

画像

何より「骨なし灯籠」は妻の喪失により骨が抜けたようにふらふらする主人公のことでもあり、また彼の物語は「灯籠祭り」の意義に沿っていることに後半気づく。この映画は山鹿でなければ撮れなかったし、灯籠祭りがあっての物語だとも言える。

「郷土映画」という言葉が浮かんだ。検索すると、戦後の西ドイツで一時期盛んに作られた映画のジャンルらしい。逆に日本では「郷土映画」とは何か、定義されていない。「骨なし灯籠」は山鹿の郷土映画なのだと私は呼びたい。そしてこれから私たちがこの国で取り組むべきジャンルとして、意識すべきではないかと思う。
もっとも重要なのは、いわゆる「歴史を掘り起こす」映画とはちょっと違うものであることだ。そうではなく、今も伝わる街の伝統を生かした上で、現代の物語を編むこと。そして外から街に来た人間も包み込むような世界観であること。「オラが街」を長年の住民が礼賛し、外の人々に誇るのではなく、訪れた人が溶け込めるおおらかな物語であること。それが「郷土映画」ではないか。なぜなら、地域の伝統を守りながら外からの人を受け入れることこそが、日本中の「郷土」の課題だからだ。「骨なし灯籠」はその方法論を自然に示してくれているように思う。

画像

脚本家が監督まで務めて孤軍奮闘した作品

この映画の面白さはもう一つ、映画の外側にもある。木庭有生子あらため木庭撫子氏は、この映画を1人で作り上げたのだ。ぜひそれも感じながら鑑賞してもらいたい。
いやもちろん、素晴らしい俳優のみなさんと、撮影・照明・音楽など経験あるスタッフの方々がついてくれた。だが、製作プロセスに紆余曲折があって、当初話を持ちかけたプロデューサーはいなくなり、予定されていた監督は降りたと聞く。それなのに脚本だけで関わったはずの木庭撫子氏がこの映画を途中で止めるわけにはいかず監督も務めた。彼女の夫である木庭民夫氏が加わるまではプロデューサー役も兼ね、それどころか助監督もいないので香盤表やロケ弁の手配なども1人でやったそうなのだ。制作部と演出部を彼女が1人で受け持った、前代未聞の映画製作だったのだ。そんなことってできるものなのか?いや、実際できてしまったし、そんな苦労は感じさせない素晴らしい映画になった。

画像 映画を見て泣いたことを伝えたら感激してくれた木庭撫子氏

民夫氏の実家がある山鹿氏に、木庭夫妻は数年前に移住していた。だから撫子氏が山鹿市役所をはじめ地元との関係づくりを受け持った。監督が降り、プロデューサーがいなくなっても、彼女だけはこの映画を止めるわけにはいかなかったのだと思う。
だが私の想像ではそれだけではないはずだ。映画製作は熱い思いを持つ中心人物がいないと進まない。それは監督のこともあれば、プロデューサーのこともあるし、主演俳優のこともある。この映画では木庭撫子氏こそが、その熱い思いを持ち続けたのだと思う。そうじゃないと、たった1人で製作なんてできない。そしてその熱い思いが伝わったからこそ私は涙を流し、海外で受賞した。現在のところ、オランダのチネチッタ映画祭とアメリカのロサンゼルス映画賞で受賞している。
せっかく受賞もした素晴らしい映画なのに、日本国内では配給が決まっていないそうだ。興味がある映画関係者の方がいたら、木庭民夫氏に連絡を。
ちなみにこの記事を公開した11月24日(金)は18時から大阪で、26日(日)には10時からまた東京で試写会があるそうなので、行きたい方もこちらのメルアドへ。
tamiokoba0802@gmail.com

画像

映画製作は東京から日本中に分散していく

この映画を見て、木庭撫子氏こと木庭有生子氏(結婚前は浅野有生子)を前々から知る私として、思うところがあるので加えて書いておきたい。

この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

Inter BEEアーカイブ映像、いよいよ12月15日まで!BORDERLESSの要チェックポイント

2023年12月号

INTER BEE BORDERLES、VODセッションでもらった質問に回答をいただいた

2023年11月号

「やまだかつてないニュース」という報道番組があってもいいと思う

2023年09月号

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)