テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2018年11月号

「さよならテレビ」はなぜテレビをさらけだしたのか〜東海テレビ・圡方宏史氏インタビュー(前編)〜

2022年02月03日 14:30 by sakaiosamu
2022年02月03日 14:30 by sakaiosamu


※東海テレビ「さよならテレビ」WEBサイトより

「さよならテレビ」という東海テレビ制作のドキュメンタリー番組が話題になっている。 見ていない方の方が多いだろう。東海テレビの放送エリアで9月に放送されただけなので通常の手段では見ることができない。それなのに大きな話題になっているのは例えばこんな記事がバズったからだ。

「業界騒然! 東海地方限定番組「さよならテレビ」は何がすごいのか?」(2018/11/12 文春オンライン)

もうひとつ、放送関係者は”いろいろな手段”でこの番組を見ている。かく言う私も、録画を入手した友人に見せてもらった。私にとってはかなり面白いもので、後半何度か目がじわっとした。ドキュメンタリーはあまり見る方ではないのだが、意外にストーリー性があり心を揺さぶられた。「さよならテレビ」という過激なタイトルのわりに、放送業界で働く人へのエールも感じた。

この時、実は十数名の仲間たちと見た。キー局ローカル局問わず興味がありそうな友人たちに声をかけたのだ。感想を聞いていくと、私同様「映画を見てるようだった」と感動を述べる人もいたが、中にはムスッとしている人もいた。もっとはっきり言えば怒っている。そうか、怒る人もいるのか。テレビマンたちには感動したと言う人もいれば、これはないよと憤る人もいる。その千差万別の反応が面白く、それぞれが語る言葉がまた何かを考えさせてくれた。自分自身が感じた面白さとは別に、人によって反応が違うのがまた面白かった。そして語り合うことが大事だとも感じた。

そのあとさらに飲みながら話すと、「なぜこの企画が通せたのか」が話題になった。60周年企画の冠がついているから、上層部に話を通して作り始めたのだろう、そうじゃないとこんな企画が進められるはずがない。みんなの意見は大方そんなところだった。私もテレビ局という組織をなんとなく知っているので、確かにあらかじめ上層部が了承してくれてないと撮影も放送もできないだろうと思った。

それにしても、なんでこれを作ったんだろう。制作者に会ってみたくなった。二週間後、私は名古屋駅に降り立った。「さよならテレビ」の中心人物、圡方宏史氏のアポをもらえたのだ。一時間だけだがこってりしゃべってくれたので、二回に分けてそのほぼ全文を記事としてお届けしたい。

その前に紹介したいのは、インタビューの中に出てくる圡方氏が企画制作したCMだ。東海テレビの公共キャンペーンCMで、東日本大震災から3年経ったことを主題にしたものと、戦後70年を機に企画されたもの。いずれも連作で、15秒30秒のものが続けて流れる。

私はインタビューの後で見たのだが、なるほどと得心した。これはすでに「さよならテレビ」ではないか。まだ見てない方も、この一連のCMを見れば「さよならテレビ」の企画意図は理解できるだろう。併せて上述の文春の記事を読めば、実際に見たも同然・・・とこれは言い過ぎだが、それくらいこのCMは「さよならテレビ」だと思った。少なくとも、なぜ「さよならテレビ」を作ったのか、理解できる。

前置きが長くなったが、圡方氏のインタビューを読んでもらおう。 


※東海テレビ玄関前。実はインタビューに夢中になり写真はこれしか撮っていない。猛省ポイントだ。

 

聞き手・境(以下、S):あまり言っちゃいけないかもしれませんが先日DVDを入手しまして。 

圡方宏史氏(以下、H):あはは。密かに入手する方が多いらしいんですがどこからなんでしょう?

S:それは言えません(笑

H:あはは。取材源の秘匿みたいな?全然いいです、気にしないです。

S:たぶん系列の関係者の人なんでしょう・・・

H:ええ、系列の人たちからいろんな経路で“お求め”いただくことが多いのだと思います(笑

S:私は勉強会をやっていまして、テレビ局の仲間で見てみようかと10人ぐらいで一緒に見まして、結構最後グッときたりして面白かったなあ、と思いました。一緒に見たみなさんも面白かったねえ、映画みたいだったねという人もいたんですけど、中に数名、ムスッとしてる方たちもいて。いろいろ異論を唱える方もいたんです。そういうものかと思って。

H:そうですね。それでいいかなと思ってます。

S:それで取材しようかなと言ったら、取材してきてくれーと言われてここへ来た次第で。さっそく本題に入らせていただきます。今回の『さよならテレビ』という、自分たちを題材にするドキュメンタリーを企画されたのはどういう背景だったのでしょうか。

H:もともとこの作品を作る前からメディアの現状には興味がありまして、おそらくご覧になってないと思うんですけど東海テレビでCMを作ってましてですね。テレビ局としての公共キャンペーンCMを作るコンテストがあって、僕は「東日本大震災から3年」と「戦後70年」をテーマにして過去二回CMを作らせてもらう機会があったんです。その時にもメディアのことは中にちょっと入れてまして。例えば震災だったら3. 11の日に鎮魂の祈りを捧げる人たちを取材しにメディアが列をなしていっぱいいるのに、翌日、3.12になると誰もいなくなっちゃうよっていうことをやったりだとか、あとは実際にその震災に取材に行く記者についていく、ちょっと今回の作品に似てる部分もあるんですけど、若手記者が相手に自分が求めてるコメントを言わせようとして向こうの人から咎められたりとか、そんな風にメディアというものを意識したんです。「戦後70年」の時はいわゆるネット右翼って人たちを取材し「テレビは見ない、偏ってるから」という意見を聞いたりして。それが正しい間違ってるってことは別にして、そういう時代なんだと、あといわゆる愛国者と言われる人たちにも取材して「テレビは真実を写してないんだよ」って言ってるのを撮ったりして。「偏っているのは彼らかテレビか」みたいなキャッチコピーでメディアが今どういうふうに見られてるかを意識したCMを作ったんです。その時から、メディアがこれだけある意味注目を浴びているし曲がり角なのに、メディアがメディアを扱うことって、あんまりない気がしていて。ちょっとタブーみたいなところもあったもんで、やってこなかったと思うんですけど。
東海テレビの場合は、ドキュメンタリーに関してはありがたいことに、取材対象にタブーはないよとプロデューサーが言ってくれてるんで。せっかくここでドキュメンタリーの仕事をやっているんであれば、他の局がやらないような、でも時代として今やらないといけないことをやりたいなと思って、メディアを扱いました。

S:なるほど。皆さんの反応として「何でこんなことができたの?」と、それはきっと「60周年企画だから特別なんじゃないか」と言っていたのですが。

H:それは関係ないです。まったく関係ないです。

S:60周年企画として最初から始まったわけでは?

H:違います。最後に、60周年企画を乗っけた、というのが正直なところです。

S:そうなんですね!勝手にみんなで推測してたのは、作品の最初のところで報道局に行って「やります」と言ったら騒然としてたけど、60周年企画だからいいよとトップレベルのお墨付きがあったんじゃないかと。

S:いやそれはないんですね。これはすごくいい、うちのスタイルだなと僕自身は思ってるんですけど、いわゆるトップダウンで、全てを整えてからスタートするというよりは、取材対象が決まってプロデューサーとの間で、これやってみなよというのがあったら、先に走り出すというか、走りながら考えるというか、もっと極端なこと言えば走った後考えるぐらいの感じで、現場としてはありがたいことに取材をさせてもらってるんで、今回もそれと同じ形でした。現場主導なんです。現場から始めて、会社の人たちはあたふたする(笑 本来、報道機関というのはそれが健全だなという思いもありますし、最終的にこうやって現場を信頼して世に出してくれたっていうのは、会社に対してありがたいなと思ってます。

S:そうなんですね。不思議に思ったし勝手に解釈していたのは、会社に対してうまくやれてたんだろうと。

H:それはないですね。例えば、福島君っていうキャスターが作品中に出てくるんですけど、彼が夜帰っていくときに偶然インタビューしたシーンがあって、その中で、全部万事整えてリスクがない状態で表現するって難しくないかって言ってるところがあるんですね。それがまさに今回の作品で、図らずも体現されているというか、万事整えて、社内の調整をちゃんととってコンセンサスとって走り出しましょうということはおそらく難しいでしょうし、それやってたら多分この作品はできなかっただろうなと思います。

S:すごいなあ、それは。

H:でもそれはプロデューサーの器であり、無茶苦茶なところでありというか(笑

S:じゃあ最初に、報道の現場に行ってやりまーすと言ったらみんながブーブー言うところがありましたけど、「あれは現場とは揉めてるけど上の方とは話を通してあったんだよ」とみんなで言ってたんですけど、そうではないんですね。

H:ドキュメンタリーのこれはいいところでもあるんですけど、ゴールが見えないからコンセンサスも取りようがなくて、どういう作品になるか僕たちももちろんわかってないですし、意図的にハレーションを起こしているわけでもないですから。怒るだろうという予感はありましたけど。一番最初の場面で私が報道のフロアで企画趣旨説明していた、あそこで喋ったのが本音ですね。

S:例えば途中で毎年「セシウムさん」の一件について社員が集まって総括する催しの場面も出てきましたけど、そういうところってあんまり外に見せたくないんじゃないかと思うんですけど。

H:見せたくないと思いますし、もちろん人によって意見はすごく違いますから、会社がどう考えてるかわかりませんけど。「セシウムさん」事件のことは今回このテーマで自局を取材する限りは避けて通ることはできないだろうなというのはありましたんで。それは表現ももちろんするだろうと、人によっては自分たちの恥ずかしいとこであったり、見せたくないところかもしれませんけどそういうところをさらけ出すことが必ずしも外部の人から見て好感度が下がったりとか、例えば東海テレビ就職する人がいなくなっちゃったりとかっていうことになるかといえば、現場の人間からすると、そうじゃないんじゃないか。そこに何か感じてくれる人も、いるっていう確信はありますし。

S:そうおっしゃると僕もいち視聴者としてそう思いますけど、ただテレビ局って、いざとなったら絶対ストップかけるイメージがあって、だからどっかでストップかかったんじゃないかとか、あるいは前もって会長にプレゼンしてあったから異論も抑え込めたんだろうと見てたんですけどそうではないわけですね。

H:そうですね。それはおそらくこれまで歴史があって、基本的に東海テレビドキュメンタリーチームと会社との間の信頼関係というか、いろいろ今までもこの作品以外にも、本当にこれ出しちゃって大丈夫だろうかという作品が結構あって、それが何回もずっと続いてきたから信頼関係ができてるのかなと思います。

S:60周年企画の冠がついたのは、できて決まったこと?

H:完成のタイミングは途中から見えてくるので、せっかくだから60周年企画にしたいねというのはスタッフの中ではありました。

S:なるほど。ここまでうかがって、びっくりしました。というのは、一緒に見たテレビ局の人たちも上がお墨付きくれたんだろうと見ていて、60周年企画もあらかじめ決まってたとみんな解釈してたんですね。まったくそうではないことがよくわかりました。今度は内容のお話をうかがいます。登場人物の中で3人にフォーカスが当たっていきましたけど、さっきの話から考えると、だんだん決めていったのでしょうか。

H:そうですね。その3人も含めて5、6人は追っかけてるんですけど、最終的には3人にしました。福島に関してはさっき言った「セシウムさん」の話があるんで、彼は外すわけにいかないと思ってましたけど。

S:福島さんのストーリーが、結果的にそうなったのでしょうけど、悩みがいろいろあった中で最後に何かを見出したという流れで、非常にグッときました。だから、テレビ局の現状をえぐるような題材だけど、救いが感じられる作品だなという印象です。

H:両極あるというか、救いのない現状もありつつ、そんな中で働いてる個人にはもしかしたら救いがあるかもしれないと自分では思ってます。

S:派遣の渡辺君が面白くて。働き方改革の波をみんなが今感じてる中で、彼がフォーカスされる意味もよく分かりました。見てるとつい「君は向いてないよ」と思っちゃいましたけど。

H:これも人によって全然違って、僕はそんな彼でもぴったりフィットする仕事はあるんじゃないか、つまり選ばれた人間にしかできないっていう仕事でもないんじゃないかという気がしていて。それは人によって本当に考え方が違う。プロデューサーはまた違って、やっぱり記者というのはある程度の知識だとか、最低限の一般常識を兼ね備えてなきゃいけないという考え方を持ってますし、僕はもうちょっと違って、彼を生かす方法っていうのが何かなかったのかなと思っています。

S:彼をフィーチャーした意味は、そこにあると?

H:いや、今のお話は裏テーマですけど。今すごい勢いで働き方改革によってこの業界も変化してきていて、報道ってテレビの中でも社員の占める割合が高いんですよね。制作部が作るバラエティーや情報番組ではもっと外部のプロダクションの人たちが占める割合が高いんですけど。おそらく報道ってテレビの中でも歴史が古いことが関係してると思いますが、基本的に純血主義だった。それが、やっぱり変化していて。今までは記者としていなかったような人材だと思うんですよ彼って。制作のADでは彼のような子がいっぱいいるんですけど、記者として渡辺君みたいなキャラクターは今までいなかった。この働き方改革の波の影響で入ってきて、そういう子がどういう扱いを受けるかが、この組織が見えてくる一つのリトマス試験紙になるなと思って彼を取材しました。

S:最後に別の局でちゃんとやってるシーンはまたグッときました。

H:今回作品に盛り込みませんでしたが、彼は「楽しくてやってる」と言ってたんです。この業界で働いている人で、本当に楽しくてやってると胸を張って言える人って少なくて。多分これは、一つの産業が長い時間が経ったせいでしょうけど、固まっていくというか、“組織”になっていく。ジャーナリストである前に、サラリーマンであることが前面に出てくる。どうしても仕事の意義とか役割と、会社員としての立場の間でジレンマが起きる。そんな中、彼はもっとピュアな思いで、自分のやった仕事が人に触れるのが嬉しいという、シンプルなモチベーションで仕事をしてたんで、ちょっとびっくりしました。

S:つまり働き方改革によって彼のような今までの感覚で言えば違うと思えた人材がむしろ活かせるかもしれない?

H:可能性はありますね。どうしても長年ずっと同じメンバーでやって来たので、同じ固定観念というか、ニュースバリューひとつとっても、どうしても時代の流れに置いてかれてるところも多分あるんですよね。先輩から後輩に、技術伝承みたいな形でずっと築かれていくものだから。自分の感覚の中で「あれ?」と思っても上から教えられることは絶対だったので、僕らもちょっと思考停止しちゃってる部分があって、本来はそこに全く違う考え方、一般の考え方に近い人たちが入ってくる方が組織としてはもしかしたら活性化されるかもしれないですよね。主題とずれちゃう話ですけど。

S:あと3人目は社員ではなく元新聞記者で、今は東海テレビさんで仕事をしてる澤村さんという方でしたね。社員の記者にフォーカスせずにあえて外部の方を持ってきたのは、どういう狙いだったのでしょう?

H:いくつか理由はあります。さっき言った5、6人を追っかけていた中に、社員も入っていました。ただ、作品自体が自画像に近く、東海テレビの人間が東海テレビを描くときに、外部の目線があった方が表現が出来るかなと思ったことがまずひとつです。あと、どうしても批判的にならざるを得ない。自画像の例えでいうと、カッコよく描いちゃったら台無しになっちゃうし、辛口に描く部分は必要になってくるだろう。社員を出すと、その社員個人をある程度批判的に描くことになる。追っかけたのが若手たちだったので、未来のある若い社員たちを批判的に描くのはないだろうなと考えました。彼らの将来だとかを、傷つけてしまう可能性があるかなという。辛口で描くのは、僕を含めたある程度キャリアの長い、責任を確保すべき立場の人に留めておきたいという思いがありました。

S:今の話も含めて、えぐい感じが最初漂ったわりに、意外に3人のストーリーもそれぞれ救いがあって見終わるとホッとするんですけど、やっぱりそういうお気持ちはあったんですか?3人に救いがあるようなエンディングにしようとか。「さよなら」って言ってるんだけど、励ますようなものにはしたいとの思いをお持ちだったのでは?

H:実際に取材してた3人が、何かしら光明が見えた。しかも取材の最後に。あそこは時系列はいじってないですから。それは実際にあった。ただ、本当に救いかと言ったら、福島もあれが別にハッピーエンドではないわけで、なんとなく光の欠片が見えてきた程度ではあるんですけど、ただその欠片はウソじゃないなというのがあった。東海テレビだけを表現したいわけじゃなくて、メディア全般を表現するときに、社員だろうが社員じゃなかろうが、個人個人には救いがあるなとは思っていた。それを表現したいと思った一方で、その業界全体だとか、さっき言った長年経つことで構造的に金属疲労を起こしちゃってる部分は、そんなハッピーエンドに描けないなという気持ちもありました。だからおそらく業界を描くことについては、暗い終わり方にならざるを得ない。これは自分たちが感じていることなんで、そこはウソついちゃいかんなというのはありました。

S:たしかにあくまで救いがあるのは個人ですよね。

H:そういう意味では個人には別に彼らだけにとどまらず、救いはあるのかなと思います。

S:あと、ドキュメンタリーを描いていくんだけど最後の方で、実はこういう仕込みをしてたとあえてバラしちゃうところがありましたね。ちょうど『カメラを止めるな!』という映画が気に入ってたので似た感じが面白いなと思いました。でもこんなこと普通はドキュメンタリーではやらないんじゃないかと思うんですけど。

H:テーマが今回やっぱりテレビなので、テレビの中でもドキュメンタリーって多分いちばん真実に近いもんだって一般の方たちは思ってらっしゃると思うんですけど。ちょっと抽象的な話ですけど、表現全般で切り取りというのは必ず必要になりますよね。今回こうやってインタビューしていただいて、記事にされる時にも、何らかの切り取りが行われるわけであって、そこに取材者の意図が必然的に乗ってくるし、僕は乗っていて当然だと思いますし。ドキュメンタリーの世界でもそれが行われていることを、作品の中に盛り込みたかった。それと、エンターテイメントとしても、オチとしてふさわしいという思いがあって、取材して1年ぐらいのところでああいう終わり方にしたいと思ってました。

S:なるほど、一種のメディア論ですよね。

H:それとさっきの話とつながってくるんですけど、結局自分たちを悪者にして終わりにするつもりはないですが、取材者って一方的に物陰から石投げるみたいな、自分たちはリスクを負わずして一方的に批判だけしてるという意見もついて回るものですから、そうじゃないものにしたいという思いもありました。

(後編へ続く)

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圡方宏史
東海テレビ放送 報道局報道部 記者
1976年生まれ。上智大学英文学科卒業、98年東海テレビ入社。制作部で情報番組やバラエティ番組のAD、ディレクターを経験したのち09年に報道部に異動。公共キャンペーン・スポットを手がけ、14年「震災から3年~伝えつづける~」で、第52回ギャラクシー賞CM部門大賞。15年「戦争を、考えつづける。」でACC賞グランプリ(総務大臣賞)を受賞。14年に『ホームレス理事長 退学球児再生計画』でドキュメンタリー映画を初監督。16年に映画「ヤクザと憲法」。

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