テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2023年07月号

FASTは日本に来る!あるいは誰かが立ち上げる!〜奥村文隆氏インタビュー

2023年07月24日 14:05 by sakaiosamu
2023年07月24日 14:05 by sakaiosamu

映像新聞を購読している人なら、奥村文隆氏の名前が最近気になっているはずだ。特に5月から6月にかけて同氏による「FAST」についての連載を読んだ人はなおさらだろう。筆者ももちろんその一人で、その連載はスクラップしてある。
FASTについてはこれまでもMediaBorderでも取り上げたし1月にはウェビナーも開催した。

FASTとはFree Ad-supported Streaming TVの略語で、無料広告型のストリーミング、つまり番組がCMを挟みつつダラダラ次々に流れてくるサービスのこと、というのが基本定義だ。何百ものチャンネルから好みのものを選べば、ソファに寝そべってだらだら楽しめる。だからCMを見せるのにうってつけだ、というのが筆者の解釈だった。
だが映像新聞での連載で奥村氏が示したのは、そこを基本にさらに進化するFASTの姿だ。もう少し詳しく知りたい!ということで、ご本人にコンタクトしてインタビューした。彼の話から見えてきたのは、FASTがもはや不定形のサービスであることと、近いうちに日本にも登場することだった。


奥村文隆氏(取材はZoomで行った)

 

2019年にFASTの言葉が登場し一気に火がつく

FASTサービスには主なものでPlutoTV、tubi、Roku Channel、Xumo、Peacockなどの名前が並ぶ。先駆者と言われるPlutoTVは2014年に立ち上がったサービスで意外に時間が経っている。それなのになぜ最近になってFASTの存在が脚光を浴びているのか。
このあたりを、奥村氏はこう解説してくれた。
「FASTの名前を1番最初に使ったのは、コンサルティング会社TVREVのアラン・ウォルクさんでした。それが2019年1月のこと。これはComcastが焦って来年Peacockを我々もやるよと発表した月でもあります。逆に言えば、2019年にウォルクさんがFASTと言い出す前から、 Peacock以外はすでにあって定義しないままやってきていたわけです。」
つまり当初のFASTは有象無象の新型配信サービスで、当時はむしろSVODが配信サービスの話題の中心だった中、さほど注目もされず、だから定義を示す言葉もなかったということのようだ。
そんな中、大きなターニングポイントがやってくる。
「2017年にNetflixの会員数がアメリカでケーブルテレビの会員数を超えてしまいました。今まで馬鹿にしてたNetflixが自分たちを脅かす存在だと意識せざるをえません。何をやったかと言うと、 Netflixに安く番組を卸していたのを、いきなり値段をあげたり、場合によっては番組を出さなくしたのです。」
危機感を持ったアメリカの4大ネットワークが目をつけたのが、新興の配信サービスだった。CBSがPlutoTVを買収、FOX TVはtubiを手に入れた。そしてNBCユニバーサルはXUMOを買収していたが、新たにComcastが自分で立ち上げたのがPeacock。ABCは今のところ動きはないようだ。
そしてそれらのサービスに自局のコンテンツをどんどん流して新たなCM収入を得る仕組みにした。その手法は成功し、アメリカのテレビ局は放送によるCM市場とは別にCTVでもCM市場が育って、放送収入の減少を埋めるばかりか新たな成長を遂げるに至っている。
奥村氏はこれを「第3のテレビ黄金時代」と呼ぶ。
また新興ネット配信サービスだったFASTがテレビでも見みられるようになるのに一役買ったのがRokuだったという。RokuはAmazonのFireTVのように、HDMIで接続することで多様な配信サービスがテレビで見られるようにするSTBだ。
Rokuで当初人気になったのがYouTubeTV。日本にはないサービスで、アメリカでケーブル経由で見られていたチャンネルをネットで視聴できるようにした。もちろん有料だが、ケーブルより安い。中身は同じなわけでいわゆるコードカッティングを加速させた。YouTubeTVはRokuにも載ることでテレビ受像機で視聴できるようになった。
ところがYouTubeTVはあまりに目立ちすぎて、Rokuと悶着になったそうだ。
「YouTubeTVはRokuから一度、締め出されたんです。代わりにRokuが推したのが、PlutoTVでした。そのおかげでテレビで視聴するサービスとして伸びていきました。さらにRoku自身も、Rokuチャンネルを作ってサービスを始めたんです。」
端末だったRokuまでもがFASTとしてもサービスを開始。市場の一角を担うに至った。
RokuがYouTubeTVを締め出してPlutoTVをプッシュし、さらに他のFASTも勢いづいていった。RokuがなければFASTに今の活況はなかったかもしれない。
こうして細かな状況を教えてもらうと、Netflixを軸に各社が戦略的に動いて市場全体が形成されたSVODとは違い、有象無象のサービスが立ち上がって偶発的に大きな市場になったのがFASTなのだとわかる。言葉が後にでき、また言葉ができたことで成長に拍車がかかった。
そして、だからこそFASTはFree Ad-supported Streaming TVという定義がありつつも、有料化したり、広告ぬきプランを提供したり、どんどん進化しその定義を平気で外れていったり、新しい要素を追加したりする。それを奥村氏は「広告付きリニアオンデマンドハイブリッドマルチビデオアプリ」と表現している。
「ある人にヒアリングすると、PeacockはFASTの上に、TVODで、AVODで、SVODでもあると言うんですよ」と奥村氏は言う。もはや何でもありの不定型なサービスがFASTなのだ。

FAST広告市場を伸ばすプログラマティックCM

FASTが重要なのは、増えるユーザーに合わせて広告市場として急成長しているからだが、その成長を担うのがプログラマティックCM。新しい市場だからこそ、イノベーティブな広告配信ができ、広告主にとって大きな魅力になっている。
「アメリカにはもともとシンジケーション市場があり、並行して広告のマーケットプレイスもできてきていたんです。マス広告だとあまりにもコンバージョンが悪いので、もっと視聴者を絞れるチャンネルがいい。MTVとか料理チャンネルとか、そういう広告市場とぴったりあったのです。ただ、当初は有料だった。ところが無料のFASTが出てきたので、一気に広告市場が動きました。」
アメリカでは4大ネットワークとは別に他チャンネルが普及したので、いまでいう運用型に近いマーケットプレイスがテレビCM取引の形態として存在していた。FASTが出てきてそのやり方がそのまま適用されたということだ。この点も、FASTの成長の偶発性の一つに思える。
アメリカでは地上波CMの取引は今まで通り行われつつ、そこにFASTを中心とした配信CM市場が”上乗せ”された形で全体として成長しつつある。プログラマティックCMならターゲティングもできる上にデータもきちんと出せて「広告主の評判はいい」ようだ。
日本にも時間の問題でこの流れは来るのではないか。
「日本も方向性としては自動化じゃないでしょうか。AIを使うようになってから、より細かい 配慮ができるようになったらしいですし。日本も、コマーシャルの流通そのものを変えないといけないでしょうね。」

日本にも間違いなくFASTは来る!

こうなると気になるのが、日本でもFASTが始まるのかだ。
「日本でやる場合は、日本のテレビ局がFASTをやる、もしくは日本でFASTサービスができる、その2つがあると思っていて。とにかくFASTサービスは間違いなく来ます。各事業者が東京にローカルなブランチを作ってるそうです。」
日本でも水面化でFASTを始めるための動きが蠢いているそうだ。
「例えばPlutoTVは、もう24か国でやっています。広告の数が増えれば経済規模が高まる。だから、多分間違いなく日本に来るという風に考えておいていいと思います。」
具体的なプレイヤーの名前も出てきた。
「PlutoTVの戦略は、彼らのプラットフォームに各国のコンテンツを載せていくこと。フランスPlutoTVは9割がフランスの番組です。もう自由に乗せてあげて、市場を増やす考えですね。」
そう聞くと日本で次々にFASTがスタートしそうだが、著作権処理が欧米よりややこしいのと、日本には番組二次利用の市場、シンジケーションマーケットがない。
「その2つは本当に大きな問題で、さらにさっきの広告マーケットプレイスがないという三重苦です。どうしていくべきか。考えられるのは例えば、サブスクの延長でやる場合、
そして著作権処理が少ないものから、例えば長期的にやってきたアニメです。「アンパンマンチャンネル」とか「ちびまる子ちゃんチャネル」とか、そういうものがまずあり得るんじゃないかと思います。それなら十分ペイできるんではないかな。」
ただ、アメリカのFASTにはそれぞれ何百チャンネルもあると聞く。「アンパンマンチャンネル」のようなものとしても、10や20のチャンネルでは成り立たないのではないか。このことについて奥村氏はこう言っていた。
「PlutoTVにはなぜ250チャンネルあるかというと、料理とかスポーツとかのジャンルが10個ぐらいあって、それぞれのジャンルに10から20ずつチャンネルを揃えたいらしいです。」
だから250まで行かなくても、様々なジャンルでチャンネルを構成できればいいのかもしれない。
FASTユーザーにはテレビから離れていた層も多い、というのもポイントだ。若い世代がテレビを再発見するツールにもなっていると言う。
「こんな面白いのがあったんだ。DVDも売ってないし、SVODにも入ってない番組が結構あるんですよ。日本でも色々あったじゃないですか。『太陽にほえろ』とか『西部警察』とか、ああいうのも多分すごく人気が出ると思いますよ。」
なるほど。時々そういう70年代くらいの番組を誰かがYouTubeで上げて若い人たちの間で瞬間的に話題になることがある。確かに『太陽にほえろ』をテレビで延々流すチャンネルがあったら見入ってしまうかもしれない。

こうして奥村氏のお話を聞くと、FASTはどんどん進化しているアメリカ配信市場そのものを指す言葉であり、新たに活性化しつつあるテレビCM市場を牽引するムーブメントの総称とも言っていいと感じた。ある意味、テレビというデバイスの、あるいはテレビ番組の価値を再構成する場であり、そうすればテレビCM市場は再び成長できるのだと思えた。
日本には奥村氏のいう3つの課題はあるが、複数のプレイヤーが同時に動き出すことで、解決する気がする。キー局であれローカル局であれ、あるいは全然別の業界からの参入であれ、誰かが始めれば次々に動き出すのではないだろうか。日本でのFASTの動きに注目したい。

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これからメディアがどうなるかを考え、ではどうすればいいのかを語るセミナーを、日本マーケティング協会の主催で7月28日に行います。FASTの話は特にこのセミナーでも取り上げます。

また「どうすればいいか」については豊富な事例で具体的にお話ししたいと思っています。
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