テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2024年01月号

テレビ局ど真ん中の視点で、リアルに語る再編論

2024年01月24日 10:20 by sakaiosamu
2024年01月24日 10:20 by sakaiosamu

内側から書かれた初めての具体的な再編論

2024年は年明けからメディアを揺るがす事件が次々起こった。これは激動の年になるぞ。そう思っていたら、まさにその激動を象徴するような本が出版された。『テレビ局再編』という"どストレート"なタイトルで迫る本の著者は根岸豊明氏。「日本テレビにて編成、報道、メディア戦略に従事。同社取締役執行役員、札幌テレビ社長を歴任。」と著者プロフィールにある。
「ど真ん中の人じゃないか。」それを見て私はつぶやいた。これは珍しいなと興味を持った。
というのは、テレビ業界は市場として行き詰まり、ローカル局からじわじわ危機に陥っているのだから再編が必要ではないか、という正論はもっぱら学者や研究者、そして私のようにコンサルタントなる怪しい肩書きの人々が、外からやや無責任に語るものだったからだ。だがこの国のどの業界もそうであるように、外から見ればあれとこれをこうすればいいとわかっていることでも、内側にいるとそんなことをしたらあれがこうなってたいへんなことになる、と外側からはまったくわからない内輪の事情を持ち出されて議論が続かないものだった。
そして内側にいる人々は外から見ると過剰に「再編を語る」ことをタブー視し、腫れ物に触るように扱いかねて結局触らないのが当たり前だった。
2021年から総務省で「デジタル時代における放送制度のあり方に関する検討会」という有識者会議が始まって、ようやく”触れてもいいのかな?”という空気ができてはいた。だがやはり学者が再編論を書いたとしても、それを機に議論が起こったりしなかった。
そこにこの、ど真ん中にいた人が書いた「再編」本が登場したのだ。いったいどんなことが書かれているのか。さっそく手にしてみた。

なかなかたどり着かない「再編」の中身

手にとってまず目次を見ると、あれ?と腰を折られた。

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「序章:テレビは若者に支持されているか」にはじまり、前半では80年代からのテレビ史を振り返っている。あれ?再編の話は?

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第7章になってようやく「テレビ局再編を考えるヒント」と”再編”の言葉が出てくる。でもヒントだけ。そのあと1章挟んでやっと第9章が再編の中身らしい。

どうなんだこの本は?本当に再編について書いてあるのか?訝りながら読み進むと、なぜ再編をテーマにした本がテレビ史から入るのかがわかってくる。
そもそも、80年代以降のテレビを、どんな番組が制作されてきたかではなく、メディアとしてのテレビの視点で振り返った本はなかったように思う。テレビビジネスはテレビ局がぽんとできれば視聴者がついて成立するものではなく、社会や経済、制度の中でやってきたものだ。過去にはニューメディアの言葉が飛び交い、衛星多チャンネル放送が黒船のようにやってきたように見えてさほどでもなくなり、BS民放が誕生して「ローカル局炭焼き小屋論」なんてことも大真面目に語られてそれもさほどでもなかった。
そこにインターネットが登場して竹中懇の議論が巻き起こった一方でライブドア騒動もあったり認定放送持株会社制度ができたり、けっこうすったもんだがいろいろあった。
iモードが成功してITバブルが巻き起こりテレビ局もいっちょカミしたけどいつのまにか崩れ去り、思い返すと懐かしく悲しいNOTTVなんてのも出てきてすぐ消え失せ、iPhoneの登場が全てを塗りつぶしていった。
テレビを取り巻くさまざまな栄枯盛衰と、それによってできた制度や習慣などが丁寧に語られる。
「再編論」を語る前に、これまでのテレビを取り巻く出来事を全ておさらいし、現在位置を確認する。そこを踏まえないと再編論を語れないし、炭焼き小屋論は過去のものになったけれども、それ以上の危機がテレビというシステム全体にやってきていることを確認しておこうね、ということだと思う。
というのは、再編論が必要なのは単にローカル局がやっていけなくなるから、ではなく、テレビがネットワークも含めたシステムでできていてそれが危ういからだ。再編論とはローカル局を救えという話が第一義的かもしれないけど、同時におれたちがこうしてなんとか守ってきたシステム全体をどうするんだという話だよと、そんな意図で前半のテレビ史が編まれているのだと思う。
そしてなにしろど真ん中にいた根岸氏だからこそ、私のような門外漢が知らない話がたくさん書かれている。とくにBS民放局が鳴り物入りでスタートし、最初は良かったがみるみるうちにピンチになり、ところが地デジ化で救われた話など、今読むと面白い。
さらに、2018年の安倍首相が引き起こした不思議な放送法改革論議。この件を、「中の人」が書いたのは初めてではないだろうか。
このように、しばらく再編の話にはならないのだが、前半でここがポイントかなと思った箇所がある。

「テレビ局再編」をポジティブに考えてみたい。退くのではなく、進むための再編を考えたい。テレビだけの閉じた過当競争ではなく、テレビの外にいるメディアと伍するための再編。様々な要素に鑑みてテレビは次代の戦略を練らねばならない。そのためには先ず、「骨太で筋肉質」な体質になっていくべきなのだろう。(『テレビ再編論』P108)

ここにこの本の企画意図、もっというと著者が込めた思いがあると感じた。ネットがやってきてもなお、根岸氏はテレビこそを信じているし、社会的必要性は続く。今後も社会に貢献し続けるための「強靱化」には、再編が必要なのだと言っている。決して、「いつか死ぬけど延命するため」ではなく、「テレビは終わらない」からこの"再編本”を書いたのだと言っているのだ。

ブロック統合と3局体制のまだら再編

後半のクライマックスでようやく具体的な再編論が出てくる。
根岸氏の論の前に、私はもともと2択と考えていた。ブロック化かクロスネット化。あるエリアでの再編を考えた場合、一つは現状のネットワークの近隣局同士で1局になるやりかた。これはテレビ朝日が総務省の会議で提案し、可能になった。X県、Y県、Z県で別々に放送局を運営していたのを、X県に統一し、Y県、Z県にも同じ内容の番組を放送する。
もう一つは、あるエリアでA,B,C,Dの4局あったのを、そのうちのAとBがくっついてそれぞれのネットワークからクロスネット局になり、CとDがくっついてクロスネット局になる。
根岸氏の再編の具体もこの2種類に近いのだが、なるほどと感心してしまったのが私が言うクロスネット化の方だ。根岸氏は「1局2波」になると設定している。
実は私も、2つの局をいきなりクロスネット1局にできるものだろうかと考えていたので、現実的だなあと思った。第9章にはある県で生まれた「1局2波」局の誕生記念式典の様子までシミュレーション小説のように描かれている。短い描写だが妙に生々しい。
第9章では、村上春樹の小説をもじって「203Q」と、2030年代のいつの日かの設定で、再編が具体化することを想定している。先のようで10年後だ。けっこう近未来に、そんな式典が行われるのかもしれない。
根岸氏は再編は「まだら模様」に進む、と書いている。各エリアには、そのエリア独自の放送局の在り方があり、各局も独自の経緯で成立しやってきた。全国一律のやり方では進められないから「まだら模様」なのだろう。
それに続いて、キー局の再編も「204Q」には起こることを匂わせている。「3大メガネットワーク」になっているらしいが、どこが残るかは明確に書かれていない。20年前、2020年代がこんな状態だと誰も予測できなかっただろう。同様に、メディア業界、社会全体、経済全体、世界全体の予想を綿密にできない限り20年後の予測は無理なのだ。
それでも根岸氏が「204Q」にまで書き至っていることには、
重要な意味があるように思う。20年もすれば、もっと大きな再編が間違いなく起きるぞ、と伝えたいのではないか。

ずいぶんネタバレしてしまった気もするが、もちろん書籍『テレビ局再編』にはここに書いたことの何百倍も詰まっている。テレビ局を生きてきた人だからこそ書ける密度の高い経験と考察が、読み始めるとあなたの頭の中に押し寄せてくるだろう。2024年の最初の月に出版された意味も大きい。MediaBorder読者の皆さんには、読むことをお薦めしたい。

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