テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2024年02月号

NHKテキストニュース縮小は、情報の多元性の縮小でもある

2024年02月19日 14:02 by sakaiosamu
2024年02月19日 14:02 by sakaiosamu

2月29日に配信イベント「新メディア酔談」を、いつものスローニュース熊田安伸氏をパートナーに、作家・ジャーナリストの佐々木俊尚氏をゲストに迎えて開催する。テーマは「NHKテキストニュース縮小問題」だ。なぜこのテーマにこだわるか、この記事で説明したい。

「公共メディア」を宣言しネットで情報拡充

NHKは2015年度〜2017年度の経営計画の中で「公共メディア」という言葉を使ってこう宣言している。

2015年度〜2017年度中期経営計画 P7より

「公共放送から、放送と通信の融合時代にふさわしい”公共メディア”への進化を見据えて、挑戦と改革を続けます。」とある。放送通信融合時代にふさわしく「公共放送」から「公共メディアへの進化」と言っている。これからネットに力を入れていきますと明確に言っているのだ。
宣言に沿ってNHKはNEWS WEBに力を入れただけでなく、「政治マガジン」などスペシャルコンテンツも増やしていった。私が個人的に好きなのが「NHK取材ノート」。

記者たちの個人的な思いが語られる場で、ニュース番組からは見えない「ひとりの記者」の像が見えるのがいい。今後のNHKにはこうした「視聴者と同じ目線と立場」が必要で、「公共メディア」には「共」の姿勢が大事だとの理念が垣間見えた。
メディア研究者の視点で見ても、メディアが設備を持つ強い立場として上から伝えるのではなく、受け手と対等な立場で伝えることが「公共メディア」には欠かせないと考える。今後、放送で受信料が取りにくくなると想像すると、ネットでもなんらかの料金を得るためにも必要な姿勢だと見ていた。

23年の新体制以降、一転した「公共メディア」の姿勢

2015年度の経営計画は、何かと評判の悪かった籾井勝人氏が会長だった頃に出ている。その後、上田良一氏、前田晃伸氏と3年ごとに会長が交替して、様々な出来事もあったが、「公共メディアへ」の姿勢は揺らぐことはなかった。
その間にNHKは同時配信をアプリ「NHKプラス」を通じて提供するようになった。「公共メディアへ」の歩みは着々と進んでいるように思えた。
雲行きが変わってきたのは、2023年1月に稲葉延雄氏が会長に就任してからだ。そもそも稲葉会長就任時にいざこざが伝わってきていた。前田会長が推していた候補の名前が挙がると、急に発表当日に稲葉氏の名前が出てきた。この時、実際に何があったかはわからないが、稲葉会長体制が4月以降スタートすると「公共メディアへ」の姿勢が心もとなくなってきた。
ちょうど、総務省による有識者会議「公共放送ワーキンググループ」が22年から続いていたが、23年5月26日の会議で、4月にNHK副会長に就任したばかりの井上樹彦氏が「NHKのインターネット活用業務について」をプレゼンした。その内容は「放送と同一の情報内容」や「放送と同様の効用」といった言葉が多用され、ネットで提供する情報は放送と同じ内容に限定すると受け止められるものだった。
「公共放送から公共メディアへ」の理念を素直に受け止めると、放送はメディアの一つであり、ネットも含めて全体として公共メディアを形成する、と解釈したくなる。実際、これまでのNHKのネット展開は「NHKプラス」のようにまさに「放送と同一」のものもあれば、NEWS WEBをはじめとするネットニュースは「同一」ではなかった。そういう方向に進むものと受け止めていた。
井上副会長のプレゼンは、こうしたこれまでの方向性を大きく変えると宣言したと言っていい。公共放送WGは揺れた。有識者たちはNHKがネット展開に意欲がある前提で会議を進めてきたのに、井上副会長の姿勢はそれに逆行していたからだ。

新聞業界の大攻勢と、NHK上層部との結託(?)

8月に入ると、今度は日本新聞協会がNHKのテキストニュース縮小を主張してきた。それまでも、民放連とともにNHKのネット展開に反対してきた新聞協会だが、その勢いが増した。地方紙がやっとネット展開を始めたばかりで収益がおぼつかない中で、NHKのテキストニュースは「民業圧迫」になるとの論を強く唱え、公共放送WGでの発言も力強くなり、会議運営側も協会に配慮しているように見えた。自民党議員に訴えて回ったとの噂も出てきて、業界全体として大キャンペーンを展開しているようだった。
非常に奇妙なのが、NHKとは対立するはずなのにむしろ結託しているように見えたことだ。会議の場でも、NHKの出席者は反論せず、協会の主張を受け入れている様子だった。
それは当然で、協会の主張は先の井上副会長のプレゼンと対立しておらず、むしろ方向性は同じなのだ。協会としては会議のメインテーマである、NHKのネット業務の必須業務化そのものに反対しているわけだが、それは表向きで、テキストニュースを縮小する代わりに「NHKプラス」を必須業務化するのは認めてくれる。そんな内うちの合意ができていると言う人もいた。
結託が露骨だったのが、8月の会議のまとめの段階の出来事だった。8月29日の公共放送WGのまとめでは、NHKのテキストニュースについて以下に限定するとまとめられていた。

公共放送ワーキンググループとりまとめ案(概要)8月29日版P3

ところが8月31日に、公共放送WGの親会にあたる「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」で「公共放送WGではこうまとまりました」と出てきた書類では同じ箇所がこう書き換えられていた。

公共放送ワーキンググループとりまとめ案(概要)8月31日版 P3

29日の会議の最後の方で新聞協会の出席者が「"時間的制約のために載り切らなかった情報"という曖昧な表現では際限なく載せられるではないか」と疑問を呈していたのは覚えている。だが会議は「そこはあとで議論しましょう」とさえならず終了したのだ。
ところが31日の親会に出てきた資料では、新聞協会がクレームをつけた箇所がきれいに削られている。後から聞いたところでは、29日の会議後に新聞協会とNHK、総務省が相談したと言う。
国の大事なことを議論する会議が、こんないい加減な、「声の大きな人の意見が通る」ようなことでいいのだろうか?民主主義を守る立場であるはずの公共放送と新聞社の代表たちが、物事をこそこそ決めるようなことをやって、管轄する立場の総務省も「はいはい」と書き換えてしまう。
この時の顛末に、最も私が「NHKテキストニュース縮小問題」にこだわるポイントがある。この国のジャーナリズムは、こんな人々の結託で成り立っているのだ。公の会議を、有識者も傍聴者も無視して、こんな談合まがいの進め方をしている連中が、企業や政治家がこっそり物事を決めることをとやかく言っている。あなたたちは、同じ穴の狢ではないか。

正式決定はまだなのに、着々と進む「縮小」案

このような顛末で、8月末に「テキストニュース縮小」は大筋が決まった。とはいえ、これはあくまで総務省が国会に出す案がまとまっただけで、今行われている国会で議論され、放送法改正が通り、それが実施されるのは2025年度になるだろう。
ところが、その後秋になって伝わってきたのは、すでに縮小案が出ていて、準備が始まっているとの噂だ。まだ決まったわけではない「縮小」がなぜ進むのか。しかも、NHKの様々なレイヤーの関係者が「こんな話が伝わってきた」と言っているものの、少しずつ情報が違っていたり、変わったりしている。公式な発表は内部でもないようなのだ。
いま私は実際に受信料を払っており、放送とは別にNHK NEWS WEBをはじめ様々なテキストニュースに触れることができる。それが具体的にどうなるかもわからない上に、とにかく「縮小する」ことが伝わってきている。「公共メディアへ」と謳っていて、だからネットでのテキストニュースにも力を入れていると受けとめてきた。それはいいことだし、当然の進化だからその方向で頑張ってほしいと思っていた。
それが「縮小」されるのは、到底納得できるものではない。業界の中には「確かに地方紙を圧迫してますよねえ」と言う人もいるが、それは業界内の論理でしかない。ネットでは地方紙も読めたほうがいいし、NHKのニュースも読めたほうがいい。どっちかが読めるからどっちかをやめよう、とはならない。それにどっちもまだまだ、日常的に接する環境を作れていない。Yahoo!などに載ったり、SNSで誰かにシェアされないと読まれない。ネットではちゃんとしたニュースの供給と適切な経路の整備が、全然足りていない。
新聞協会は「民業圧迫」とすぐ言うが、圧迫かどうかというほどどちらも直接読まれていない。今後、競争評価の仕組みも整えることになっていて議論が始まっている。それが具体化したら、既存メディアがネットで全然薄い存在だとやっとわかるだろう。特に若い世代は新聞もNHKニュースも、ほとんど接触してない。絶望的にニュースは危機に瀕しているのに、圧迫とかなんとか言ってコップの中で争っている場合ではない。
実際、能登半島地震で少し空気が変わったとも聞く。電波が届かず、通信が途切れ、電気さえ通じなくなる事態があちこちの地域で生じた。SNSではおかしなフェイク情報が錯綜し、どれが正しいかもよくわからない。明日が見えない人々に、どうやって真っ当な情報を届けるべきか、既存のメディアが力を合わせてどうしたらいいか考えて解決を議論する時なのだ。地震で「情報の多元性」を重視すべきと再認識されたと聞くが、だったらNHKも「放送と同一」にこだわらずテキストニュースでも何でも発信し、多元性に寄与すべきではないか。
「NHKテキストニュース縮小」というおかしな流れの問題を整理し、今後あるべきちゃんとした情報コミュニケーションはどうあるべきか、考えたい。

3月29日「新メディア酔談」配信

3月29日に「新メディア酔談」を配信するのは、そんな問題意識からだ。「酔談」はこれまで無料で配信してきたが、今回は今まで通りに無料で配信する前半部分と、あえて有料で配信する後半部分とに分ける。
●前半 オモテ面「なぜ縮小するのか?」

上に書いたようなことを整理し、熊田氏にさらに情報を付け加えてもらい、また佐々木氏から解説や意見をもらう。
●後半 ウラ面「内なる声を聞く」


申し込みは、画像をクリック↑

上のPeatixから申し込んでもらうことで前半後半フルで参加してもらえる。無料の前半部分が30分ほどで終了した後も、申し込んだチャンネルでそのまま後半に突入する。最初から申し込んでスムーズに後半に入ってもらうのが一番だが、前半に参加して後半も続けるかどうか決めてもらってもいい。申し込みは翌日まで受け付けるので、あとでアーカイブとして見てもらうことも可能だ。

少々ややこしいやり方となってしまったが、まずこの問題をできるだけ多くの方に共有したいのと同時に、ディープな話を少人数でじっくりしたいのもある。申し込み時に「内なる声」の記入欄もあるので、関係者の皆さんはぜひ「声」を聞かせてほしい。メールでも受け付けるので、できるだけ所属など関係者であることがわかる情報も添えて送っていただければと思う。

sakai@oszero.jp

 

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