テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2022年02月号

テレビ局はあたらしいドキュメンタリーを作り、世界をめざせ

2022年02月03日 15:59 by sakaiosamu

ドキュメンタリー映画「香川1区」が全国公開され話題になっている。「なぜ君は総理大臣になれないのか」に続いて大島新監督が国会議員・小川淳也氏を追った作品だ。筆者は1月初めに見ていたく感激し、Yahoo!ニュースで記事を書いた。

この作品単体については上記記事を読んでもらうとして、これを見てあらためて考えたことをここでは書きたい。日本のテレビ局はドキュメンタリーにもっと力を入れるべきだ、という趣旨だ

これまでの日本のドキュメンタリーはつまらない!

筆者は映画が大好きで週に1〜2本は映画館で見るし、家ではNetflixなどで毎晩のように面白そうな映画を探している。貪るように映画を見るタイプだ。だがドキュメンタリーにはさほど興味がなかった。
海外のものも興味はなかったが、日本のドキュメンタリーには偏見めいたイメージを持っていた。テレビをぼーっと見ていると深夜帯などに突然ドキュメンタリーが始まり、地味な題材を地味な音楽で地味な映像で描いている。多くは社会問題や政権、行政を告発するもので、そりゃあ大事なことを調べて訴えているのだろうけど、面白く見せる意志がまったく感じられない。
私たちが調べて映像にしていることは正しいことでみんな知るべきことでだからみんな見なさい。そんな正義感と説教臭さに満ち溢れている。あくまでイメージだが当たらずとも遠からずではないか。たまに面白く見せる工夫をしたものもあるが、なんとも古典落語を聞かされるような手法でかえってゲンナリする。
それは仕方ないのかもしれない。日本のテレビ局のドキュメンタリーは報道セクションがニュース番組の特集コーナー用に制作し、それをブローアップして単独番組化したものがほとんどだからだ。報道の延長戦なのだ。
だからその多くは番組の向こうに筑紫哲也氏が浮かんでくる。TBSの「NEWS23」あるいは「報道特集」のにおいがぷんぷんする。ナレーターもその手の番組でよく耳にする人たちが多い。実際、「報道特集」用にローカル局の取材が放送され、それが単独番組に「昇進」する例は多いと聞く。似たカラーに染まるのは当然ではある。
筆者はここ3回ほど、民放連番組審査のある地域の審査員を務めた。最初の2回はエンタテイメント部門だった。だが送られてきた作品の3分の2はドキュメンタリー番組だった。エンタメ性のほとんどない、地域の祭りや人物に取材したものだ。これは報道や教養部門ではないのか?面白いものがないとは言わないが、少なくともエンタテイメント部門ではないと感じた。
民放連の審査基準は審査員に放り投げるだけだ。エンタメ部門と言われても、と思ってもとにかく選べとしか言われない。私はエンタメ部門に相応しいものを選びたかったがそこが曖昧なまま審査が進み、不本意ながら「だったらこれ」と決まったのはドキュメンタリーだった。中央の審査に進んだらその作品が中央でもエンタメ部門で最優秀賞を受賞した。いい番組だが、あれはエンタメなのかと今でも疑問に思っている。
この経験で私は痛切に感じたのだが、この国のテレビ局の番組作りはどこか歪んでいる。口さがなく言うと、つまらないドキュメンタリーを真面目に競い合っている。それらはほとんど見られずに終わる。だって放送は深夜だけでしょ?ほとんど見られない、そんなに面白くはないドキュメンタリーを作っては仲間内で褒めあって終わるのだ。

2020年、3本の面白いドキュメンタリー映画に出会った

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