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2024年03月号

ゴジラのアカデミー賞受賞は日本のコンテンツ業界にとって、とてつもなく大きな一歩だ【日本映画の絶望と希望・1】

2024年03月15日 09:44 by sakaiosamu
2024年03月15日 09:44 by sakaiosamu


※トップ画像は「ゴジラ-1.0」公式サイトより まだまだ映画館で上映中だ!

 

ゴジラというブレークスルー

映画「ゴジラ-1.0」がアカデミー賞で視覚効果賞を受賞した。おめでとうゴジラ!おめでとう山崎監督!おめでとう東宝のみなさん!そしておめでとうロボット!
11日(月)に受賞が報じられると、山崎監督らVFXチームが壇上に上がりシュワルツェネガーとダニー・デビートからオスカーを受け取る姿がニュース映像で流れた。この時、山崎監督の隣の女性が男性の写真を手にしていたことに気づいただろうか。
写真の男性は、阿部秀司さんという映画プロデューサーでこの作品にも関わっているし、山崎作品には必ずエグゼクティブプロデューサーとしてクレジットされている。残念なことに昨年12月に亡くなった。
アカデミー受賞は天国で聞いただろうが、アメリカで公開されてヒットしたことは亡くなる直前に耳に入っていたそうだ。最期の最期で人生最大の喜びを感じたにちがいない。阿部秀司さんは、そういう”持ってる”人だ。山崎監督を世界に送り出す偉業を成し遂げた。

冒頭で「おめでとう」の最後に書いたロボットは「ゴジラ-1.0」の制作会社だ。阿部秀司さんはその創業者。そして私は、2005年から2011年までロボットの社員だった。前半は経営企画室長として、当時イマジカと経営統合してイマジカロボットグループとなり上場を目指す際、必要なことを多岐に渡り整える作業をした。社長だった阿部さんの横で事務方を務めたのだ。
またロボットが関わる映画について、いくら出資して興行収入がいくらになったらどうリターンがあるかをシミュレーションしたりもした。そうすると自然に日本の映画ビジネスの構造と課題が身に染みてわかるようになった。
最近はみんなが言うことだが、日本のコンテンツ市場はそこそこ大きいから国内でそこそこ回る。だから海外に出る必要がなかった。当時の私は、海外に市場を広げないと行き詰まると予測していた。いやすでに行き詰まっていた。
映画に限らず日本のコンテンツビジネスに携わる人々は全体的に国内のほどほどの市場に満足していて、海外に行くモチベーションが生まれなかった。だからヒットしても天井があり、しかも低い。満足していたのは大きな会社だけで、現場はいわゆる「やりがい搾取」されていた。
この袋小路から抜け出すには海外に飛び出し市場を広げるしかない。私がMediaBorderで海外展開の話題を時々出すのは、今もその思いがあるからだ。だがその後ロボットを辞めてからも考え続けた結論は、「実写は無理、アニメならいける」というものだった。逆に言うと、実写は海外展開を諦めるしかなくない?と考えていた。
そこに「ゴジラ」のアカデミー視覚効果賞受賞だ。なるほど!と思った。しかも取ったのは山崎貴監督、自らVFXを操り特撮で物語を構築できる人。なるほどと言うのは、普通の実写は難しいけど特撮という手があった!という意味だ。特撮なら海外展開できる!山崎監督のような実績と才能を持つ作り手ならいける!しかもゴジラのキャラクターパワーが強力なブーストとなった。ブレークスルーになる要素が揃った「これしかない」という形だったのだ。
ではなぜ海外展開がそれほど必要だったのか。日本の映画ビジネスの微妙な規模による限界についてさらに解説しよう。

映画興行市場2000億円の中途半端さ

映画制作には億単位のお金がかかる。特に特撮を駆使しなくても、ビジネスとして映画を作れば3億円くらいはすぐにかかる。「低予算映画」もあるが、それはスタッフが手弁当で頑張っていたり、役者が安いギャラで熱演していいものができる。コンスタントに展開するビジネスとして映画を作れば3億円は決して巨額ではない。
では3億円で作った映画が興行収入10億円になったとする。日本映画としては上から30位くらいには入るヒットだ。でもそれでは元が取れない。
興行収入とは映画館に入ってきたお金、つまり小売の売上高の総額だ。ケースによるが半分は小売、つまり映画館の取り分だ。小売の利益率としては大きいが、映画館はスペースが必要で設備投資もかかる運営の大変な小売業なのだ。
それでも半分の5億円が残る。これもケースバイケースだがそこから配給会社が手数料を4割程度持っていく。すると2億引かれて3億残る。これでトントン。だが配給会社はP&A(と昔呼ばれたがいまはちがうかもしれない)を差っ引く。Pはプリント、Aはアドバタイズつまり広告。
昔は公開館数分、フィルムをプリント(複製)する必要があり、1本40万円とか60万円とかかかるので、全国200館ロードショーだと何千万円もかかった。広告も映画館に置くチラシから予告編制作、直前に新聞広告、テレビCMを打つのでP&Aは億単位でかかったものだ。いまはデジタル上映になりプリント費はコストダウンされただろう。新聞広告も今はやらないし、P&Aはずいぶんリーズナブルになったはず。でもCM打ったりすればいまだに1億円くらいすぐかかる。
1億円がP&Aとすると配給手数料2億円+P&A1億円で3億円持っていかれる。残りは2億円で、制作費3億円なので1億円赤字。これを2次利用料で補えるかどうかになる。昔はDVD、いまは配信だろう。おそらく1億円はあちこち配信してなんとかなりそう・・・にしてもやっとトントン。
これは3億円かけて興行収入10億円になった時の話。日本映画製作者連盟が毎年出す映画産業統計によると、2023年の日本映画で10億円以上の映画は34本だった。公開本数は676本なので5%くらい。残りの95%、642本はその後数年かけてリクープできたか、元々低予算でみんなが我慢して乗り切ったか、赤字で泣いているかだ。
日本の映画興行市場は不思議と2000億円台と枠がはめられたように拡大しない。変遷はあって、昔は洋画が圧倒的に強く6割くらい占めていたのが2000年台に邦画の方がシェアが高くなった。全体も2000億円前後がずーっと続いたのが2010年代後半には徐々に増え、2019年には2600億円を超えた。このまま3000億円まで膨らむのかと期待したが、コロナ禍で水をさされ、ようやく去年は2200億円以上に持ち直したところだ。

画像 日本映画製作者連盟「映画産業統計」より筆者作成

決して2000億円台から増えない市場で、2次市場含めてなんとか持ってる映画業界。北米に次ぐ世界2位の規模だったが、2012年に中国に抜かれ3位に落ちて今もそのまま。この中途半端さが、日本映画市場の悲しさだった。国内で我慢して、現場をやりがい搾取し、お金を出す企業の社員もそこそこの給料で、役者はスターとチヤホヤされていればなんとなくみんないい気分でやっていける。
でも私はずっと感じていた。こんなのおかしいし、こんなやり方じゃ破綻する。現場も含めてみんなが本当にいい気持ちになるには世界に行かないと、世界市場でポジションを持たないとダメだ。
ロボットで知れば知るほど、そんな思いが膨らんだ。答えは世界、これは間違いない。どうすればいいのか。そう思っていたところに、チャンスが訪れたが、それをまったく活かせず終わった一件があった。

2009年アカデミー賞ロボット作品「つみきのいえ」は海外に売れたか?

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