テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2023年05月号

日本のメディアは、一人の老人によるおぞましい行いを、海外から指摘されるまで扱えなかった

2023年05月22日 10:12 by sakaiosamu
2023年05月22日 10:12 by sakaiosamu

NHK「クロ現」がようやく扱ったジャニー喜多川氏の行い

先週17日のクローズアップ現代でジャニーズ事務所の問題を扱った。

その前の週末に事務所社長のジュリー藤島氏が映像で会見したのを受け、NHKとしても正面からこの問題に取り組んだ番組だ。私はきっかけとなったBBCの番組も見ていたが、日本のメディアで本気で問題に切り込んだ姿勢は評価していいと思う。他にもTBSも頑張っているし、日テレも櫻井翔がキャスターを務める15日の「news zero」と21日の「バンキシャ」で扱ったのも評価していいだろう。テレビ朝日の21日朝の番組「サンデーLIVE!!」では東山紀之氏が事務所最年長タレントとしてこの件について話す時間があったという。彼の発言は立派だったと思うが、番組側としてこの件をちゃんと「報じた」と言えるのか逆に疑問も感じた。ジャニーズ事務所の一員の弁明の時間に報道番組の一部を費やした、事務所への配慮とも受け取れる。
だがそんな個々の動きとは別に、この事件にはこの国のメディアの問題が凝縮されているとあらためて受け止めた。BBCの番組でも取材したディレクターがなんでこんなひどいことがこれまで問題にならなかったのか不思議がっていた。20年も前に週刊文春が報道し裁判でジャニー氏の行いは「あった」と裁定された。それなのに、その後も何事もなかったように芸能界も放送も日々続いてきたのだ。
一人の権力あるトップが少年たちにしてきたおぞましい行為が、「行われていた」と認定されたのに、その老人は亡くなるまでそのことを咎められることはなかったし、亡くなった後もとり沙汰されなかった。数年経って、噂を聞きつけて日本に来た海外のジャーナリストが番組にして、それでもすぐには騒ぎにならず、でもだんだんざわざわしてきてカウアン氏の告発があってついに社長の会見映像に至り、そこまで来てやっと日本で最も信頼されているはずの報道機関が正面から扱ったのだ。
おかしいだろう。間違っているだろう。放送免許を取り上げる議論があってもおかしくないのではないか。
メディアについて考えてきたWEBマガジンとして、この問題をなんらか論評したい。まさに、日本とメディアの再生がかかっている。

表沙汰にならなかったのは、会社と個人の関係がおかしいから

なぜこうなってしまったのか。もちろん、どこの国にも高齢の権力者が行ってきた非道徳的行為がなかなか表沙汰にならない現象はある。だが特にこの国でこういった問題がおこるのは、会社と個人の関係がイビツだからだ、というのが私の捉え方だ。個人があまりにも会社という組織に従属的に振る舞わなければならない。そうしないと大きく損をする上に生きていけなくなる可能性すらある。だから会社に問題があっても告発できない。告発してもきちんと取り沙汰されず逆に告発した側がいられなくなる。
日本の会社はそういう社会である。そしてそれは日本人の気質のせい、などでは決してない。日本の個人と会社を取り巻く制度がそうできてしまっているからだ。だから組織のトップにいる人間の過ちを誰も咎められないし告発なんてしようものならいられなくなる。欧米なら、とうの昔にジャニー氏の行いは表沙汰になり大問題になっていたのではないか。なにしろ、とっくに表沙汰になっていたのに問題にはならなかったのだから。
日本の会社と個人の関係はおかしい。だからジャニーズ事務所の中で浄化はできないし、ジャニーズにどっぷり頼って生きているテレビ局も忖度するしかない。
「個人と会社の制度」についてはいずれ詳しく解説したい。ただできるだけシンプルにこの制度の構造を言うと、「個人の前に会社がある」制度ということだ。個人が先にあって、その個人が収入を得たりやりがいを感じるために会社があるはずなのに、日本の場合は会社が先にあり、その会社に所属することで個人が生きていけるようにできている。
だから例えば、日本のジャーナリストはその前に会社員だ。メディア企業があって、その中に記者とか報道ディレクターとか、そういう職種がありその職種に任じられてジャーナリストになる。
欧米には大学にジャーナリスト専門の学部学科があることが多く、記者を職業にしたい学生はそこで学ぶ。専門性の高い職業なのだ。日本にもメディア学部や新聞学部があるにはあるが、欧米のジャーナリスト学部とはずいぶん違い、職業としての専門性を学ぶわけではない。それどころか、テレビ局や新聞社には大学で専門的に学ばなくても、有名大学の文学部や法学部、経済学部などを出れば入れる。入社時に「報道枠」があるわけではない。
アメリカにはメディアで働く専門職の人々のための職業組合がある。日本の組合は会社別だ。そこにも「個人と会社」の関係が如実に出ている。組合とは本来、会社別ではなく職業職種別にできるものなのだ。もちろん会社別の組合があってもいいが、日本の組合はほとんどがそっちだ。
ジャーナリストはジャーナリストである前に会社員だ。そして同じ会社の娯楽番組ではジャニーズ事務所のアイドルたちが大活躍している。仮にあるテレビ局の記者がジャニー喜多川氏の性暴力を本格的にレポートしたいと考えても、会社がそれを認めるはずがない。会社に大きな恩恵を与えてくれる芸能事務所のトップが犯した非道な行為を、正面切って糾弾することはできなかったのだ。犯罪として認められ、逮捕でもされない限り扱えない。政治家の疑惑は逮捕されなくても追及できるのだから、芸能事務所のトップは与党の政治家よりずっと権力があると言えるかもしれない。
日本の政治にもおかしいところはいっぱいあるが、日本の芸能事務所とメディアの関係の方が、ずっとおかしなところだらけだという、証明になってしまっている。
その根源となっている「個人と会社のおかしな関係」については別の機会に詳しく書こうと思う。

日本のメディアは老人たちが支配し続けている

「会社と個人の関係」とは別に、ジャニーズ事務所の一件を日本とメディアの問題に拡張するもう一つ別の方向性がある。「高齢者が握り続ける権力」についてだ。
日本のマスメディアは「戦後」の写し鏡であり、例えばジャニーズ事務所はじめ芸能事務所も戦後、テレビと共に発展してきた。その発展を支えてきた実力者たちはもう70代、80代になっている。ジャニー喜多川氏も80代で亡くなった。
ジャニーズ事務所が一人の高齢者により全てが支配されてきたのと、似たり寄ったりの企業はマスメディア企業にもたくさんあるのだ。あのような性癖まで同じ人はいないと思うが、その人物が君臨し続けているがために変われない企業は多い。
そしてジャニー喜多川氏が亡くならないと問題が露呈しなかったようにそれぞれのマスメディア企業の問題も、本質はその支配者が居座り続ける限り、解決には向かわないのだろう。そう思うと、途方に暮れるしかない。

高齢支配が続く典型的なメディア企業はあそこだ!

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