テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2022年06月号

Videographerの時代〜新しい作り手が出てくる、新しい源流

2022年06月24日 15:04 by sakaiosamu
2022年06月24日 15:04 by sakaiosamu

先日、渋谷ヒカリエホールで開催されたVIDEOGRAPHERS TOKYO 2022というイベントを取材した。まずはこれについてInterBEEのサイトに書いた記事を読んでもらいたい。

そこでは、未来がもう起こっていた。VIDEOGRAPHERS TOKYO 2022レポート - 

オフィシャルな取材記事はこういうことだが、ここに書けなかったもっとプライベートな内容の記事を書いておきたい。映像文化の新しいパラダイムが、この十数年間で起こっていたのだ。私が気づいてなかっただけで、既にそのシフトは起こっていた。イベントを取材して、思い出したことがある。

デジタル一眼がもたらした映像制作の新潮流

私は2005年から2011年までロボットという映像制作会社に在籍し、なぜか経営企画室長をやっていた。ロボットはCM制作をベースに映画やアニメーション、WEBまで幅広く映像を作る会社だ。そこでの「経営」の経験が今のメディアコンサルタントの仕事に生きている。

ロボットはプロデュースシステムの会社だが、作り手の育成にも力を入れ優秀なディレクターを売りにしていた。2000年代後半の、具体的に何年だったかは覚えていないが、ロボットの中でも特に業界で評価の高い関西弁のディレクターが、海外ロケから戻ってきて会議室に私はじめ数名を呼びつけた。私より少し年上で関西弁をやめないアクの強いおっさんなのだが、テレビモニターにカメラを繋いで熱弁し始めた。 Canonの5Dというデジタル一眼カメラで撮った映像がいかに高精細かについてだ。

私はカメラの画質や機材のクオリティなどには疎い方だが、そんな私が見ても驚くほど高画質だった。フィルムと遜色がない。これは、ビデオで番組を作ってきたテレビ局の人からするとムッとする話かもしれないが、CM業界ではフィルムで撮らなければダメ、ビデオも画質が良くなってきたがまだまだフィルムには劣るし予算がないからと安易にビデオに走ってはならない、とよく言われていた。

本来、静止画を撮るためのデジタル一眼でも動画が撮れるようになり、フィルムがいらなくなるかもしれない。だがフィルム撮影というお金のかかる手法はCM制作の高い価格水準を支える一つの要素だったのだ。「境ちゃん!これは制作費にも影響してくることやで!」私も呼んだのは、そこを経営企画室長に知っておいて欲しかったからのようだった。

その後、リーマンショックが起こりそのディレクターの危惧は現実になった。テレビ広告費全体が15%ほど下がり、CM制作も一気に市場が縮こまった。それまでフィルム撮影が当たり前で、それを誇りにビデオ撮影を避けていたCM制作会社が一斉に「今回はビデオで撮影します」と観念するようになった。

すべてを自分でこなすVideographerたちのやり方

Videographerとは、先の記事でも説明した通りCinematographerに対して生まれた言葉であり概念だ。CMや映画ではフィルムが使われていたので、その作り手がシネマトグラファーなら、ビデオで作る映像作家はビデオグラファーと呼ばれるようになった。2000年代後半の話だ。彼らが手にしたのがまさにCanon D5で、自分が監督する作品は自分でカメラを回す。照明マンもいないし、録音もなんならカメラについたマイクでいい。少人数で低予算、だけど撮りたいものを自由に撮り、PCで編集して仕上げる。それがVideographerなのだ。今回そのイベントがすっかり大きく成長したのを見て、10数年前のことを思い出し、今につながる新たな潮流があの時生まれていたのだと知った。

少人数で何でも担当する。だからこそ、細やかな映像づくりができる。旧来型の映像制作は役割分担が細かく分かれていた。私は90年代のある時期は毎月のようにCM制作に携わったが、当時はスタジオに行くと40人くらいの人がいて、一応責任者である私にも誰がなんのためにいるのか分からなかった。衣装や美術の専門家がいるのは当然だし、湯気の専門家、水流の専門家などあらゆる分野の専門家が各部門を担当していた。リーマンショック以後は40人が10数名くらいに一気に減った。カメラマンが照明を兼務したりした。考えてみればスチルカメラマンは自分で照明も設計して自分でシャッターを押すので、分野が変わると当たり前だったのだが。

Videographerは自分で照明も撮影後の合成も、とにかく何でもやる。やってくれる人がいないからだ。だから予算がなくてもかえって質の高い絵づくりができてしまう。

先の記事では、クロエ・ジャオの話が出てくる。中国人の彼女は15歳でロンドンの学校に入り、ロサンジェルスやニューヨークで若き日々を過ごして映像制作を習得した。地味にドキュメンタリーを作るうち、その手法で劇映画「ザ・ライダー」を撮り、大女優フランシス・マクドーマンドの目にとまり「ノマドランド」の監督に抜擢。そしてマーベルの「エターナルズ」を撮った。シンデレラ・ストーリーに見えるが、ハリウッドではVideographer出身でメジャーな作品に抜擢されることは珍しいことではないらしい。キャリアパスとして認識されているのだ。

日本でも実はすでに似たことが起こっている。「カメラを止めるな」の上田慎一郎監督もそうだと言える。「新聞記者」の藤井道人監督もそうだ。カンヌで評価され今公開中の「PLAN75」の早川千絵監督も。新しい作り手が、世界で認められる作品を作っている。彼らは映画会社やCM制作会社、テレビ局などにいたわけではない。Videographerの世界で育った。

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