テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2022年03月号

映画「テレビで会えない芸人」の圧倒的な素晴らしさと圧倒的な物足りなさ

2022年03月14日 12:58 by sakaiosamu
2022年03月14日 12:58 by sakaiosamu


トップ画像は映画「テレビで会えない芸人」WEBサイトをキャプチャー

芸人・松元ヒロの「テレビで会えない価値」

映画「テレビで会えない芸人」は素晴らしいドキュメンタリー映画だ。もちろん、題材である芸人・松元ヒロが魅力的だからだ。政治風刺が売り物のコント集団「ザ・ニュースペーパー」は40代以上の人ならよく覚えているだろう。松元ヒロはその一員で、白髪眉毛を長くした村山富市元総理のモノマネがヒットだった。
ところが彼はグループを脱退し、テレビに出なくなった。簡単に言うと、テレビの「あれはダメこれも言えない」が嫌になったのだ。舞台に中心を移した彼は、変わらぬ芸風で人々を笑わせ続ける。年間150本のライブをこなし、いつも満員。おそらく生きていくには十分な収入になるだろう。
彼はテレビを拒絶することで、「テレビで会えない価値」を保つことができたのだ。おそらくテレビをメインにしていたら60代後半にさしかかった彼を起用する番組はもうなかっただろう。「テレビで会えない価値」は年齢なんか超えてしまう。「コア視聴率が取れない」などと言われる必要もないのだ。
テレビを拒むことは自由を獲得することであり、目先の出演料より自由を選んだ彼は実は、テレビにしがみつくより高い収入を得られたはずだ。信念を大事にした者が勝つ。
実際、映画の中で何度も出てくる彼の舞台のシーンは面白い。確かに、生で舞台を見に行きたくなる魅力がある。いささか左寄りの政治的スタンスだが、保守的な人が見ても思わず笑ってしまうのではないか。それは彼のお笑い芸があるレベルにまで昇華されているからだ。
左寄りのスタンスそのままに保守政権を徹底的にこき下ろす攻撃的な笑いだったら、逆に左寄りの人も辟易するかもしれない。そうではなく、むしろ自虐的なギャグも交えてギスギスさせない楽しさをうまく保っている。
そんな松元ヒロの魅力を、数年間に渡ってカメラに収め続けてこのドキュメンタリーができた。本人だけでなく、奥様や、昔の盟友・すわ親治(古い人はドリフターズの志村けんに次ぐ新人と言えば覚えているだろう)、筆談するしかない90代の恩師、「そこいらの芸人より尊敬している」と泣けることを言うイケメンの息子さんなど周りの人々も絡めて松元ヒロの人間像を浮かび上がらせる。映画「テレビで会えない芸人」は素晴らしいドキュメンタリー作品となった。ぜひみなさん見にいって欲しい。

テレビ版「テレビで会えない芸人」の重大な欠陥

ここまで書いてきたのは映画「テレビで会えない芸人」を純粋にドキュメンタリー映画として見ての感想であり、オススメの言葉だ。だがこの映画は鹿児島の民放テレビ・鹿児島テレビ放送の製作だ。そうなると重大な欠陥を指摘せざるを得ない。テレビ局が「テレビで会えない」ことをどう捉えているのか、どう捉えるべきなのか。そこがまったく欠けているのだ。
実は私はこの映画版の元となったテレビ番組を見ていた。2020年の民放連番組審査会の地区別の審査員としてその代表作品を選ぶ場にいたのだ。
上に書いたように私はこの番組を評価した一方で、テレビ局が「テレビで会えない芸人」を描くならもう一歩踏み込むべきだと強く感じた。そのため当初は別の番組に高得点をつけたのだが、さらに別の番組が最高得点になりそうだったので、最終的にはあえてこっちを推したのだ。(選考プロセスを明らかにしてもいいのかわからないが、この映画について語る上で必要と感じあえて書いています)
審査では「講評」を書いて提出もするのでこんなことを書いた。

「テレビで会えない」のは何故なのか、そこにテレビの問題や限界があるはずなのに、そこへの踏み込みが浅かったのは残念です。そして鹿児島テレビは鹿児島公演を放送して彼を鹿児島の人びとに会わせたのでしょうか?貴重な題材をつかんだのにもったいない仕上がりに思えました。

映画「テレビで会えない芸人」を見に行こうと思ったのは、実はここを確認しておきたかったからだ。あのまま映画にしたのか?映画版を作るにあたり何か加えたのかどうかを知りたかった。
「オレのアドバイス聞いたか?」ということではなく、おそらくは何人かの人が似たことを言ったに違いなく、自分たち自身として「テレビ局がテレビで会えない芸人を描く意味」を考えたかどうか、だ。考えないわけにはいかないと思うし、そこを考えて映画に反映させたら類まれな大傑作になる可能性がある。
ちなみにテレビ版は2020年の日本民間放送連盟賞のテレビエンターテインメント番組の最優秀賞を受賞している。他の地区の代表作品とも競い合って「一番」になったのだ。実は私は映画を見るにあたり調べるまで受賞を知らなかった。(ちょっとした愚痴だが、地区で審査に参加した者に結果くらい教えてくださいよ)
この最優秀賞受賞の際に、「テレビ局として」の声は出なかったのだろうか。「テレビで会えない芸人」を描いたドキュメンタリーがテレビ局の業界団体の最優秀賞を取るのもどうなのだろう。あえて言えば、そこに自分たちへ突きつけられた何かを感じてなのかどうかも問われると思う。
長くなったが、私はテレビ版には大袈裟に言うと「欠陥」があったと感じていた。映画版ではどうなったのか。ささやかな期待を込めて見た。

この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

悪いネットメディアといいネットメディアの区別がよくわからなくなってきた

2024年04月号

NHKの受信料運営はもはや時間の問題で行き詰まる

2024年04月号

NHKも新聞も、自分で自分の首を絞めている

2024年04月号

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)