テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2022年03月号

ニュースがいちばん大事だから、ニュースがいちばん進化が必要

2022年03月03日 10:17 by sakaiosamu
2022年03月03日 10:17 by sakaiosamu

紛争や災害が起きると、ニュースの重要性が身に沁みる

あらためて言うまでもない話だが、ロシアによるウクライナ侵攻は国際秩序を脅かすものであると同時に、情報秩序をも混沌とさせてしまった。SNS上をホントとウソが飛び交っている。YouTubeには専門家が詳しい解説動画をアップロードしている一方で、とんでもない説を本当のことのようにしゃべる怪しい人物の動画もあり、しかも何十万回も再生されている。
ちゃんとした報道機関によるニュースの大切さ、正確な情報を定期的に発信することの重要性を再認識している人も多いだろう。
ところがネットの時代にニュースはうまく立ち回れていない。怪しい連中の怪しい情報が飛び交うからこそ、真っ当な報道がネットではより必要と思うのだが、配信の時代にニュースは乗り遅れているように見える。
例えばTVerでニュースは配信されていない。「報道・ドキュメンタリー」のカテゴリーはあり、かなり番組数は増えたがニュース番組は少ない。今見たところ、テレビ東京のWBSとBS日テレの深層ニュース、TBSの報道特集は載っているが、WBSは昨日の、真相ニュースは一昨日の、報道特集は土曜日のみの番組だから先週のものだ。これらは「ニュース」とは言えない。今この瞬間に起こっていることを伝えるのがニュースであって、前日の番組はニュースと呼べないと私は思う。
同時配信が始まっても変わらないようだ。各局ともプライムタイムの番組をTVerで放送と同時に配信するらしいのだ。日本テレビはすでに同時配信を実施しているが、news zeroは入っていない。
ニュースをやらないテレビは、それはテレビではない。つまりTVerはテレビではないのだ。だからTVerなのだろうが。
テレビのニュースはもっぱらYahoo!で配信される。日本のニュースはYahoo!やスマートニュース、LINEニュースなどのアグリゲーションで無料で視聴するものになってしまった。私も当初は、テレビや新聞、そしてネット上のあらゆるニュースがYahoo!やスマニューで見れるのが便利でいいと思っていた。だが最近は1日に何度もYahoo!やスマニューを開き、見出しだけ眺めて閉じてしまうようになった。ロクでもない記事ばかりだからだ。
真っ当なニュースが見たい。だからむしろ、テレビのニュース番組を見るようになった。ニュースウォッチ9を見て、WBSを見ながら報道ステーションもチラチラ見た後、NEWS23とnews zeroの間でザッピングする。
実は今、真っ当なニュースのニーズは高まっていると思う。日本中のテレビニュースを一つのアプリで視聴できたら大人気になるはずだ。それをTVerにくっつけたら、それがネット上のテレビになるのに。
もう一度言うが、ニュースのないテレビは、テレビではないのだ。

ニュースはマネタイズに立ち向かえ

TVerの例が顕著だが、ニュースはテレビの進化の蚊帳の外にされてきた。ニュースがなければテレビではないのにだ。
まず、ニュースはお金にならないと言われてきた。それは放送でも言われていたことだ。お金と手間がかかる割には視聴率が取りにくいし、スポンサーもつきにくい。それはネットの時代にますますそうなった。ドラマは二次利用できる。有料課金も可能だ。お金になるコンテンツ。それに比べてネットの時代にニュースは逆にタダになった。Yahoo!に出せば少しはお金になるからまあいいか。そんな感じだ。
だがTVerはニュースを置かない。だから暇つぶしには開かない。なぜYahoo!やスマニューを人は頻繁に開くのか。なんとなく暇になった瞬間に、人は「何が起こってるか」が気になるからだ。Yahoo!にとってニュースが重要になったのは、「今何が起こってる?」と開かせる力がニュースにあると気づいたからだ。藤田晋氏もそれを知っていたから、ABEMAの真ん中にニュースを据えた。
ニュースはお金にならない、というのは思い込みに過ぎない。Yahoo!は実際にニュースをお金にしている。ニュースに集まってきた人に広告を見せるだけでなく、彼らの様々なサービスの入り口にしている。ニュースで人々を誘い込んでいるのだ。ニュースを読んでもらうためにニュースを置くのではなく、エサとして置いている。
それを、ニュースを毎日追いかけて生成しているテレビ局と新聞社の人々はわかっていない。ニュースは読まれないし視聴率が取れない。嘆かわしい。こんなに重要なことを伝えているのに、若者は社会に興味がなく俺たちのニュースに目を向けようともしない。そんな愚痴ばかり垂れている。ますますニュースはマネタイズから遠ざかる。
テレビ局の他のセクションも、ニュースの重要性に気づかない。そのためTVerはドラマとバラエティの配信サービスになった。それではテレビにならないし、暇な時に見てくれない。Yahoo!のようにニュースを真ん中に据えたら、電車の待ち時間に、会議が終わった時に、休憩室でコーヒーを飲みながら、開いてくれるのに。
ニュースを真ん中に据えて、ネットでのテレビを構築する時だと私は思う。テレビ局で言うと、報道セクションと周りのセクションが一緒になってマネタイズの議論を本気でやるべき時だ。互いの陰口を言ってる場合ではない。テレビにとって一番重要なコンテンツであるニュースの、マネタイズに立ち向かう時が今来ている。

ニュースの最大の使命は「社会課題の解決」

ニュースのマネタイズ、ネット化を考える際、ネックになるのが報道に携わる人の感覚の問題だ。先述のような若者への愚痴を本当によく耳にする。若者の意識が低いから若者がニュースを見ない、と言ってる人はもう引退すべきだ。
まず若者は意識が低い、というのは誤りだ。自分たちの時代の意識の低さを今の若者に当てはめるのは失礼というもの。若者は実は我々が若者だった頃より何倍も社会意識が高い。
問題は伝える側の上から目線だ。自分たちマスメディアの人間の方がよく知っているし、優れた考え方を持っている。そんな意識は叩き潰すべきだ。そして若者の目線を少しでも自分のものにすることだ。
ジャーナリズムの一番の役割は権力監視。その考え方も一度捨ててみる必要がある。「一番の役割は権力監視」と言ってしまうこと自体が権力者の目線になっている。大所高所でものを言っている。
一番の役割は、事実を伝えることのはずだ。「権力監視」を重視しすぎ、目的化してしまうがために、「反権力のためにウソをつく」ようなことが起こってしまう。事実が見えなくなったり、事実を隠してしまうことさえ生じてしまう。実際にそれに近いことが起きている。
一番の役割が事実を伝えることにあるとして、その目的は何だろう。「社会課題の解決」だと私は考える。よくよく思い起こすと、権力監視が目的化してしまい何も解決できなかったことは多い。政府や行政の不備ばかり突き「けしからん」「なっとらん」と批判して世間からの集中砲火の口火を切る。そんな報道が報道ということになっていたのではないか。「ではどうすればいいのか」そういう視点がなかった。悪者を見つけてやっつけることに躍起になっていた。
ニュースの目的は社会課題の解決。これは実は、あるケーブルテレビ局に教わったことだ。鳥取県米子市を中心エリアにする中海テレビの姿勢なのだ。
2020年に中海テレビの三浦健吾氏をスピーカーにウェビナーを開催した。そのレポート記事を読むとおわかりいただけると思う。

現スローニュース(当時はNHK)の熊田安伸氏に質問者の役をやってもらったのだが、NHKの報道をネット展開することで社会課題解決に取り組んできた彼が「ここまでとは!」と驚いた。「ジャーナリズムは権力監視だ!」と息巻いている人はとにかく中海テレビを知ってほしい。きっと啓示を受けたように考え方が変わるだろう。私自身がそうだったから。
「社会課題の解決」が得心できた人なら、新しい文法でのネット報道に取り組めるはずだと思う。「権力監視!」と拳を振り上げていては若者に引かれるだけだ。社会課題の解決を打ち出し、穏やかに「一緒に考えましょう」と視聴者と手を取り合えばネットでも受け入れられるだろう。
誤解のないように言っておくと、権力監視が不要、と言っているわけではない。社会課題の解決のために権力と対峙する必要も出てくるに違いない。目的化するべきではない、と言っているのであり、行政や政治家が社会課題解決の障害になるようなら批判も必要になるだろう。
社会課題の解決を打ち出したのは中海テレビだけではない。西日本新聞の「あなたの特命取材班」はまさに読者と一緒に課題を解決するチームだ。この考え方は他の地域の新聞にも広がっている。

「あな特」の連携プレイで愛知県知事へのリコール署名不正が露呈した。この一件も単純な権力の不正の告発ではなく、もっと複雑な事件だった。「権力監視」の次を行っているような報道だったのも興味深いと思う。「権力を不正に告発する陰謀」を暴いたのだから。それも含めて、新しいニュースの文法がここには生まれつつある。

ニュースはネットに立ち向かうしかない

話が広がりすぎた感があるので整理すると、ニュースは今後むしろメディアにとって必要欠くべからざるものになる。ネットの時代には核になる可能性もあるのでマネタイズから逃げてはいけない。さらに、ネットでのニュースの伝え方は新たな文法で臨まねばならない。
これらはもう、やるしかない課題だ。取り組まざるをえない方向性だ。すべての報道機関がやらないと、ネット上に真っ当な報道がなくなってしまう。怪しい情報か信頼できる情報か、今は個人だけで判断するのはかなり難しい。ある戦場の映像が本物としてシェアされ、それがフェイクだとの情報がまたシェアされ、それが嘘だったとシェアされ、何が何だかわからない。そんなことが起きている。
ここのニュースなら間違いない。ここの番組でしゃべる専門家は大丈夫だ。そういう報道機関が必要なのだ。テレビや新聞はそれを担うもっとも近い場所にいる。だから、やるしかない。やらねばならないのだ。まあ「若者は意識が低いしニュースを見ない」と愚痴りながら引退するのも勝手だが。

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