テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2020年12月号

2020年、テレビはもうテレビではなくなろうとしている。

2021年01月04日 09:15 by sakaiosamu

2020年が終わろうとしている。テレビとネットの融合をテーマにしている本誌MediaBorderからすると、エポックメイキングな年だったと言える。NHKと日本テレビが同時配信を始めたし、株式会社TVerが誕生した。コロナ禍の副作用でNetflixをはじめ配信サービスがメジャーな存在になり生活に溶け込んだ。テレビとネットの融合が一気に進んだと言っていい。

だがどうだろう?テレビとネットの融合でテレビ局は新たな道を見出し、コンテンツ産業全体にとってもプラスのはずだった。だがいま見えてきたのはテレビ放送の「負け」が決定しつつあることではないか。

それはもちろん、ひとつにはテレビ広告市場が厳しいという点がある。コロナ禍で市場が冷え込み、6月あたりはキー局もローカル局も前年比大幅ダウンとなった。12月はスポット出稿が勢いを取り戻し満稿になったらしいが、一度落ちた価格は取り戻しにくいとも聞く。

だがここでいう「負け」はそうした売上利益の話だけではなく、配信サービスに対する「負け」だ。なぜ負けたかというと、すべてが遅すぎたからだ、と筆者は振り返って思う。同時配信も見逃しへの力の入れ方も、遅すぎたのだ。テレビがようやくネットとの融合に本腰を入れ始めたら、ネットだけでいいよ、と利用者にいま言われてしまっている。いまさら何言ってんの?そう言われているのに、言われていることにさえ気づいていない。いまのテレビ局は、私にはそんなふうに映っている。

先日、勉強会「ミライテレビ推進会議」のオンライン忘年会を行った。余興的に何人かの方に「ネタ出し」をお願いしたら思わず、今年を振り返る濃いお話が色々と聞けた。その中である代理店の方が言っていた。某テレビメーカーの最近のデータでは、テレビ受像機の視聴時間が昨年の1.6倍になったそうなのだ。だがテレビ放送の視聴時間はコロナ禍で一時期上がったが、むしろ最近は減少している。 0.6にあたる増加分は配信サービスに費やされているのだろう。

この数字はあくまで「結線されたひとつのメーカーのテレビだけのデータ」であり、当然全世帯のテレビの話ではない。だがある大学教授によると、「学生たちから最近、親とYouTubeを見る、という声をよく聞く」のだそうだ。少し前までの学生たちのテレビ視聴は、リビングに一緒にいるときに親が見ている番組を見る、というものだった。それがいまや、子どもがテレビで見るYouTubeを親も一緒に見る傾向が出始めている、ということだ。「これがヒカキンね、面白い人ね」「フワちゃんはすごい才能あるなあ」そんな会話が聞こえてきそうだ。

コロナ禍でYouTubeにせよ、Netflixにせよ、誰にとっても当たり前のものになったのだ。そう言えば私が一時期やっていたYouTubeチャンネル「メディア酔談」のデータを見て愕然としたのが、1万人の登録者のうち半分以上が65才以上だったことだ。政治的な題材だからだが、もう老人がYouTubeを見る時代になっている。

 

ネット融合も若者対応も遅きに失した

老人がYouTubeを見る一方で若者がテレビ放送を見ればそれはそれでいいのだろうが、後者は難しい。若者のテレビ離れが言われて久しいのに、対応を怠ってきたからだ。

私の二人の子どもたちのことはこれまでも何度か書いてきた。

上の息子は社会人3年目で、川崎市で一人暮らしをしている。彼の家財道具を買う際、テレビも買ってやった。「いちおう欲しい」というのだが、一緒に暮らしていた頃はまったく見てなかったのでゲームにしか使わないだろうと思っていた。

しばらくして実家に来たときにテレビを見ているか聞いたら「けっこう見るよ、テレビ神奈川をよく見るね、地元のことやってるから」と意外なことを言うので驚いた。数ヶ月後にまた聞くと「テレビ神奈川はショッピング番組ばっかだからあんまり見なくなった。最近は『水曜日のダウンタウン』をよく見るね」と言うのでまた驚いた。ダウンタウンなんかパパと同じくらいなのに、と言うと「クロちゃんのコーナーを見る」とのこと。ちょうどその日は水曜日で、早く帰らないと始まっちゃう!と食事が済んだらそそくさと帰っていった。

今年の秋になってまた聞いてみると「最近はNetflix見てる。あれはいいよねえ」と言い出してまたまたびっくりした。「『愛の不時着』と『梨泰院クラス』は見たよ」と言う。今週も聞いたら「『今際の国のアリス』は全部見たよ」と言っていた。もう私を超えるほどNetflixにハマっている。彼は映画やドラマがそれほど好きではなかったはずだ。だがどうやら、友だちとの話題に出るのが大きいようだ。「クロちゃんのコーナー」もそうだったのだろう。ところがいまは、友だちとの話題はテレビ放送にはなく、Netflixになったのだ。

ちなみに娘は大学生で、中学生の頃までは一緒にテレビドラマを見ていたが、高校に入ったあたりからHuluなどで古今東西の映画やドラマを見るようになり、日本のドラマは見なくなってしまっている。すっかり目が肥え、日本のドラマは少し馬鹿にしている様子だ。

私の子どもたちは、テレビ放送をほぼ見なくなってしまった。彼らは戻ってこないだろう。そもそも戻ると言うほど見ていなかったし。

放送作家の人たちに聞くと、最近の会議では「F3の切り捨て」をはっきり感じるそうだ。去年までは逆に「F3受けするネタを出して」と言われることが多かったのにだ。今年は「お笑い第七世代」のゴールデンでのテレビ出演がはっきり増えたと思うが、そんな影響もあるのだと思う。

日テレは前から「コア」と称した49歳以下のターゲットを目指した番組作りをしてきたが、去年から今年にかけて他のキー局もそれぞれなりの「コア」を標榜するようになった。第七世代の露出が増えたのも、「F3の切り捨て」もその表れなのは間違いないだろう。だが、遅すぎた。私はそう思う。うちの二人の子どもたちはそんなことではテレビ放送を見ない。第七世代が何かも知らない。これは確信として言える。彼らはいまさらテレビ局がどう策を弄しても、テレビ放送を見るようには絶対にならないだろう。

テレビという言葉は、いくつかのレイヤーの概念をすべて包含して成立していた。だがいま、ソフトとしてのテレビ番組とハードとしてのテレビ受像機とは分けなければならなくなっている。「テレビを見る」とはテレビ番組をテレビ受像機で見る行為だったが、いまはそうとは限らない。テレビ受像機でNetflixを見たりYouTubeを見る行為も、「テレビを見る」と呼ぶべきかもしれない。

あるいは「テレビを見る」とはテレビ局のテレビ番組を見ることに限定した方がいいかもしれない。だとするとテレビ受像機でNetflixを見ることは何と呼ぶのか。うーん、それも「Netflixを見る」「アマゾンプライムを見る」でいいのかも?

テレビ放送を見る受像器がテレビだったとしたら、もはやテレビはテレビではなくなり始めている。今年、それがはっきりした。テレビ局ネットワークは、これから言葉通りの生き残りの時代に突入していくのだ。所属するみなさんは、覚悟されたい。

 

 

 

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