テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2020年08月号

イベントレポート・ウェビナー「地上波の知らないケーブルテレビ」

2022年03月02日 18:50 by sknsdys
2022年03月02日 18:50 by sknsdys

 8月19日、「地域とテレビの未来ウェビナー」の第二弾として、「地上波の知らないケーブルテレビ」が開催された。第57回(2019年)のギャラクシー賞の報道活動部門で中海テレビ放送『中海再生への歩み~市民と地域メディアはどう関わったのか~』が大賞に輝いたことは記憶に新しい。ケーブルテレビ局の番組の受賞は異例中の異例といえる。今回のウェビナーは、その中海テレビ放送から放送事業本部長・三浦健吾氏を招き、報道姿勢を中心にいろいろな話をNHK報道局の熊田安伸氏が聞き出すという趣向だ。

三浦氏プレゼンテーション~中海テレビ放送の取り組み

 三浦氏は1974年米子市生まれ。1999年に中海テレビ放送に入社し、報道、ディレクター、広告営業、編成を担当。20年続く街ブラ番組『出会い ふれあい そぞろ歩き』ではレポーターとして出演し、放送エリア内の有名人だ。

 中海テレビは米子市を中心とする鳥取県西部8市町村を放送エリアとするケーブルテレビ局。設立は1989(平成元)年。「出資者が重要」と三浦氏が言うように、自治体、銀行、新聞社、地元法人・個人と、特定の大株主を持たない。地域密着の姿勢はここからもわかる。現在、社員59名(派遣社員・アルバイトを含めると100名)の陣容で、58.5%のエリア内接続率を背景に、53億9千万円(2019年度)を売り上げている。エリア拡張によって売上を増やしてきたが、2018年の電力サービスの開始は売上増に大きく貢献している。ケーブルテレビ局が通信回線や電力サービスを展開することに珍しさはないが、三浦氏は「価値あるサービスを提供しお金をいただくことが経済基盤になっている」と語る。中海テレビの収入の95%が地域の契約者からのものだ。これを「給料や年金からいただいた浄財」と三浦氏は表現する。こうしたお金を、放送や地域貢献というサービスで地域に還元している。地域への還元を続けると、地域とメンバーシップが生まれていき、新しいサービスが受け入れられやすくなるという。「ただし、サービスがよくないと解約される。ゼロかイチの世界。価値あるサービスを提供し、地域貢献を続ける。これを車の両輪としてやっていかないと解約される」と、危機感を常に抱いている。同時に、今後ケーブルテレビの役割が大きくなってくとも認識している。「ケーブルテレビは地域課題を日々ウオッチしている。放送媒体、インフラ(光ネットワーク)を持っている」「逆にいえば、この役割に対応できないケーブルテレビはこれから危ない。ハードとソフトで地域に貢献していく」(三浦氏)

コミュニティチャンネルは13チャンネル

 コミュニティチャンネルが非常に多いことも中海テレビの特徴だ。13チャンネルを持ち、日々地域情報を発信している。111chは地域ニュース専門チャンネル。113はサブチャンネルは6つのサブチャンネルに分かれ、それぞれのチャンネルで6町村の役場が主体となり番組を制作している。121chは総合編成で、年300本の番組を制作。123chは生活情報の文字情報チャンネルだ。331chは日本初と言われるパブリックアクセスチャンネル。年間の投稿本数は126本になる。332chの県民チャンネルでは県議会を中継。334chは米子、335chは境港の市議会を放送している。議会中継があることが多チャンネルにつながっている。

 各チャンネルの内容を紹介する。111chは『コムコムスタジオ』と称し、地域ニュースを放送している。三浦氏によると、事件・事故を扱うケーブルテレビはあまりないという。「地域とのしがらみで報道をやりにくいというところもあるし、行政がやっているのでやりづらいということもある」というケーブル局が多い中、中海テレビは「開局当時から事件事故は絶対と思ってやっている」のだ。朝は生放送を1時間半、お昼は13時半から3分間午前中のニュースの撮って出し、そして夕方6時がメインとなる。この編成は土日も共通だ。それ以外の時間帯はリピート放送し、24時間地域のニュースを知ることができる。

 「なぜ報道をやるのか」という問いに対し、三浦氏は「いいことも悪いことも言うのが親友」と例える。友人関係同様に、良いことも悪いことも伝えるのがメンバーシップという。そして、ニュースは地域課題の宝庫だ。ストレートニュースで取り上げたものを特集や番組にして、プロジェクトにすることもある。このような報道は中海テレビの地域における存在感を大きくする。ニュースに力を入れることで行政や住民との緊張感が生まれ、同時に報道機関であることが中海テレビ社員の誇りやモチベーションに繋がっていく。「わが社ではニュースは絶対として取り組んでいる」との三浦氏の言葉には強い説得力がある

 この報道もビデオジャーナリスト方式で行なっていることも特徴のひとつとして挙げられる。一人の記者が取材から完パケまで責任を持つこの方式は、1999年にビデオジャーナリスト・神保哲生氏に指導を受け始まったという。現在は記者12名が8市町村それぞれの担当となり責任を取る体制が取られている。作ったニュースには必ず記者の名前を入れるので、視聴者にも伝わる。三浦氏はこの方式のメリットを、限られたスタッフでニュースを確保できること、記者が短期間でスキルアップできること、総合力がアップすること、記者の責任感、エリア担当制による地域との強い繋がり…と列挙した。一方、企画によってはチームでやったほうがいいものもあるので、「棲み分けを進めていきたい」と語った。

 少ない人員で日々の報道を行なうため、様々な工夫を凝らしている。平日の生放送『モーニングスタジオ』に関わるスタッフはわずか4人。情報カメラをつないでいったり、地域の方に電話をかけたりして取材をしなくてもいい体制を作っている。情報カメラは自前で29台設置しており、国交省の河川カメラと合わせると7~80台になる。これで町中をスタジオにし、今をリアルに届けることが可能になる。

 他メディア連携もポイントだ。Yahoo!ニュースにはニュースを1日1本だけ配信。未加入者に向けた情報発信は、加入につなげる目的もあるが、しっかりニュースを作っていることを届ける役割がある。さらに、地域のニュースを全国に届けることは地域貢献にもなる。また、コミュニティFM局・DARAZ FMと連携して、朝のニュースを音声のみサイマル生放送している。これも未加入者への情報発信になる。

 総合編成の121ch「中海チャンネル121」では情報番組を中心に年間300本制作している。報道同様、こちらも連携を重視している。医師会と連携し医療番組、大学と連携し教育番組、議会と連携し討論番組を制作するなどだ。トライアスロンや地元の祭りの生放送などの長時間編成も行なう。毎日朝6時から深夜3時の編成を原則として自主制作番組だけで埋めている。

 113chは地域情報チャンネル。各6町村のチャンネルは、自治体行政が予算を取って番組を作っている。行政のお知らせはもちろん、赤ちゃんの誕生、学校の入学式や運動会を放送ばかりではなく、成人式の放送には出席者の入学式の映像を組み合わせるなど、徹底的な地域密着の番組作りを行なっている。制作体制は日吉津村は役場職員、南部町はNPO法人。ほか自治体は制作会社が担っていると、それぞれ異なっている。中でも大山町は、支社が所在するという関係から東京の制作会社に委託し、“NHKクオリティ”の番組を作っている。

 123chの生活情報チャンネルの特徴は地域の緊急情報にある。火災で消防車が出動するとき、消防車に指示を出すと同時に画面にもその情報が表示されるようにしている。サイレンが鳴った時にこのチャンネルを見ると、何が起きているかはっきりわかるというわけだ。防災無線とも連携し、高齢者の行方不明情報なども地域版緊急情報としてテロップを出している。平時では、居住地域のごみ収集日を画面表示することができる。

 331chのパブリックアクセスチャンネルは、市民が主体となって発信できるチャンネルだ。1993年に開設し、昨年は126本の市民による自主制作番組が放送された。番組は毎年アカデミー賞的に受賞式を行なっている。番組を制作しているのは個人だけでなく、米子歌舞伎保存会が歌舞伎の継承のために用いたり、病院が健康の啓発のために使ったりしている。パブリックアクセス協議会には医師会や老人クラブ、経済団体、NPO法人、高専など32団体が参加し、運営も市民の手で行なわれている。

 332chの県民チャンネルは県内4つのケーブルテレビ局を光ネットワークでつなぎ、全県で放送している。米子市から約100キロ離れた鳥取県庁の県議会の生中継を視聴することができる。

 非常に豊かなこのチャンネルラインナップはケーブルテレビだからこそだが、この根底は「地域・住民と協働による番組づくり」という中海テレビの理念に支えられている。2007年に行なわれたNHK放送文化研究所と共同調査では、地元のニュースを得るときに最も使われているのが中海テレビというデータが出た(次いで民放、地方新聞の順)。どれが地元の放送局という感じがするかという質問に対しては中海テレビがトップ。災害が起きた時の情報収集は、家族や知人の安否については中海テレビが22%、NHKが20%なのに対して、災害の規模を知るにはNHK47%、中海テレビ17%と、それぞれのメディアの特性を市民が理解し、情報源として強く信頼されていることが見て取れる。

 この信頼は地域の「今」をいち早く届けるという姿勢によって培われている面が大きい。コロナ禍においては毎日のPCR検査結果をL字表示したり、鳥取県のコロナ緊急対策会議を生放送で届けたりしている。県西部で初めて陽性が確認されたときの視聴率は21%に達した。これらの放送は県東部・中部をエリアとする日本海ケーブルネットワークと連携している。地域の不安に情報で応えるために、地元の飲食店、専門家やなどそれぞれの分野の当事者・張本人が出演している。ほかも平井県知事が出演したり、開催形態の変更を余儀なくされた体育系・文科系部活動の大会や高校野球を中継したりなど、さまざまな角度から地域の「今」を伝えている。

電気事業・地域貢献活動

 さて、近年の売上の伸びを支えている電気事業も、放送と共通の理念の上で運営されている。「これまでは電気代という形で県外にお金が流れていた。これを地域でお金が回る仕組みにし、そのお金で地域情報や地域貢献に還元するという思想」と三浦氏。つまり電気の地産地消だ。展開は売電に留まらない。屋根借り発電事業では体育館や学校の屋根を借りて太陽光発電して売電している。さらに、電力の顧客管理のシステムを自社開発し、エリア外の事業者に販売していることも特筆すべきだろう。こちらは全国6社で利用されている。余剰電力買取サービスでは、住宅用太陽光発電の固定買取期間である10年が経った家庭から電力を少し上乗せして買い取っている。テレビやインターネット契約者にはさらに加算される。「これはメンバーシップを体現したサービス」と三浦氏は言う。さらに電力サービス1契約につき、日南町の杉1本分の二酸化炭素排出量を購入している。こうした形でも地域貢献を行なっている。事業、地域還元、そしてブランディングが電気事業でも同時に成立している。

 今回のギャラクシー賞受賞につながった「中海再生プロジェクト」は、中海テレビの地域貢献活動を代表するものだ。鳥取県と島根県の県境に位置する日本で5番目に大きい湖・中海の汚染は昭和30年代から始まった。1963年に開始された干拓・淡水化はその汚染に拍車をかけた。1980年代から地域住民による反対運動が起こり、2000年には干拓が中止されることになった。そうした流れの中、2001年1月に番組「中海物語」は始まった。中海への関心を高めるため、毎月1回、30分程度の番組を作っている。この中で、三浦氏ら中海テレビのスタッフは中海再生について活動している多くの人たちに出会ったが、それぞれバラバラに活動していたという。「中海再生プロジェクト」は、そうした人たちをひとつにまとめるために作られた。その過程では、ジャーナリストのばばこういち氏が大きく協力している。当初「中海物語」は1年で終わる予定だったが、ばば氏は生放送の中で「1年で終わっていいのか!」とけしかけた。そこで「10年で泳げる中海に」という目標が生まれ、プロジェクトとして立ち上がり課題解決に向かったチャレンジが始まったのだ。以来、その過程はすべて番組で放送し、そのあゆみを60分にまとめた番組がギャラクシー賞を受賞したというわけだ。三浦氏はこの快挙について、あらためて「地域の活動に踏み込んだことで受賞できた。報道の公正中立について自問自答したが、課題解決につながった。今思えばマラソンの伴走者のイメージ」と述懐する。

 地域貢献活動として、「テゴネット」の活動にも参画している。これは正式には鳥取県西部広域交流ネットワークというが、この「テゴ」とはお手伝いの意味だ。「地域には定年退職した元気な方がたくさんいる。そういった人にネットワークを組んでいただいて地域貢献する」と三浦氏。現在、48人のテゴ人(=世話人)とネットワークを作り、地域課題と向き合っている。地域ふれあい探訪ツアー、少子高齢化対策、地産地消、人的ネットワークの4つの柱に基づき事業を計画し実行している。この活動も、地域課題を住民とともに解決するという理念に基づいている。

 これらのほかにも、OTTサービス連携、リクルート事業、ローカル5G/地域BWA、イベント事業、海外連携事業、サッカーJ3・ガイナーレ鳥取の芝生化の取り組み支援など、中海テレビは幅広い事業に携わっているが、すべてを地域課題の解決という目的が通底している。三浦氏は取り組みをまとめて、「トライセクターリーダーになろう」がキーワードだと述べる。民間・公共・非営利組織の3つのセクターの垣根を越えて、地域課題を解決するリーダーになることがケーブルテレビとして目指されている。そこには、米子出身の経済学者・宇沢弘文の思想が影響しているという。中海テレビは宇沢の社会的共通資本の考え方を大事にしている。社会的共通資本とは、「すべての人びとが、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化をを展開し、人間的に魅力ある社会を安定的に維持する社会装置」を指し、SDGsにも繋がる思想だ。これは「国家的に管理されたり利潤追求の対象として市場に委ねられたりしてはならず、職業的専門家によってその知見や規範に従い管理・維持されなければならない」のだ。地域メディアは、まさにこの社会的共通資本である。「人間的に魅力ある社会を維持する装置たり得ているか、自問自答。地域メディアを持続可能なものとして維持していきたい」との三浦氏の言葉は、地域メディアに携わる人たちに強く響くものだろう。

 プレゼンテーションの最後に、三浦氏は課題を述べた。人口減少。ケーブルテレビのビジネスは人口×月額利用料から成り立っている。テレビ、ネット、電話、電力に次ぐ5つ目のサービスは何か。そしてサービスは常に大手企業との戦いを強いられている。若者のケーブルテレビ加入も課題だ。地域の若い人が家を建てたとき、ケーブルテレビを選択してくれのか。10年、20年後にケーブルテレビを選んでもらうために今何をすべきか。決して簡単ではない課題だが、「明るい地域未来につなげていきたい」と三浦氏はあくまで前向きである。

ディスカッション

 熱のこもったプレゼンテーションを受けて、NHK・熊田氏との討論となった。熊田氏が所属するネットワーク報道部は、テレビだけではなくいろいろなものを駆使してNHKが公共メディアに進化していくための実験場だという。実は今回のギャラクシー賞では、キャンペーン報道“用水路事故をなくす”が中海テレビの「中海再生への歩み」と最後まで競っていた。用水路の報道も富山局の記者から発し、全国の放送局をつなげて課題解決に取り組んだ試みだが、「当然負けた」と熊田氏は笑う。さらに熊田氏は、中海テレビの取り組みを「われわれ全国大手メディアには絶対できない」と劇称する。その理由は「無謬性の壁」にあるといい、「消防の方がボタンを押して(速報が)テレビに出るのは理想的な形だが、外部の方に任せて間違えたらどうするのか。大手メディアだと出した側の責任として乗り越えられない」と語る。自治体から避難勧告が出るとNHKの画面に自動で表示されるようになったのは昨年からだが、それについても「Lアラートは間違いが多いので出していいのか」という指摘があったという。結局、Lアラートのほうが電話取材より早いことが決め手となった。三浦氏は、「緊急的な情報は、大事な情報をいち早く届けることが大事」とし、間違いが出ることがあるが、情報をいち早く届けることにプライオリティを置いているという。

 NHKは国や役場が出した情報をそのまま出すことはしていないが、放送という公的な情報発信にあたってクオリティ管理と公平性の担保非常な難題だ。個人や団体、それに自治体が制作する番組も多い中海テレビはそれをどう乗り越えているのかと熊田氏が問う。「パブリックアクセスチャンネルは、いたたいだ番組はひととおりチェックし放送基準に合っているかチェックする。町村は放送基準に合っている番組を提供するという紳士協定的にやっている」と三浦氏は答え、「クオリティよりそこに何が写っているかが大事」という。「入学式で自分の子どもが写っていれば、(視聴者は)多少ぶれていても喜ぶ」というのには確かにと思わされる。

 熊田氏は、極めて少人数で番組のクオリティ管理や情報の収集・管理を行なう中で働き方はどうなっているのかと問うた。「報道部員にはみんな週休二日を取らせている」と三浦氏。そして「自動的に情報発信ができる仕組みをいかにつくるか。地元の制作会社といっしょに作っている」という。役場が主体となる自治体の番組含め、自分が動くというより協働による番組づくりという意識がある。「自動的な情報発信」の部分は、米子市のホームページを定期的にクローリングして防災無線の情報を集めているとのことだが、ここでも文字情報を全国的に展開するSCN(サテライトコミュニケーションズネットワーク)と連携しシステム構築している。「自分でやるより、知恵や知見を持った人を巻き込んでいく」という三浦氏の弁のとおり、ここでも協働の力が大きい。

 中海テレビでは議会中継に加えて県議による討論番組を放送している。熊田氏は「『日曜討論』を持っている立場からするとどうしたらおもしろくなるのか」と疑問を呈し、「地元の人に興味を持ってもらうにはどうしたらいいか。『中海物語』は最初は地味な番組。テレビ演出論で思考停止してしまうが、それをどう市民を巻き込むか」と質問すると、三浦氏は「中海物語は視聴率が高い番組ではないが、実際の活動とつなげていく」ことだと答える。護岸を掃除したときに中海テレビに言ってくださいと(ということを)放送すると、活動する人が誇らしくなり、テレビが活動を前身させていくのだという。

 ここで境が「熊田さんにも聞きたいが」と切り込んできた。「三浦さんが『足を踏み込む」』という言い方をしていた。報道する側は客観的であることが報道の姿勢だと思うが、(中海テレビは)活動する側に入っていった。これは報道する側の基本姿勢としてどう思うか」と尋ねた。すると熊田氏は「これと同じような問題があったとして、部下に指示を出したら(NHKでは)絶対にこうははならない」と首を横に振る。海をきれいにすると言っても実際にはできるのか、KPIは設定できるかという問題が立ちはだかる。海の浄化などはそもそも行政がやることなので、報道は「行政もっとやれ」という報道のになってしまうという熊田氏の説明は納得感がある。そしてこれには、日本の公害ジャーナリズムの歴史も影響しているという。水俣病に代表されるように、企業を叩くところから始まり、国際的な環境ジャーナリズムへと拡大した。裁判を起こして企業の責任が追及された例は多いが、ジャーナリズムが「解決」したといえるのかと熊田氏は疑う。中海テレビの取り組みは「従来のジャーナリズムからしたら驚くべきこと」だと熊田氏は目を見張る。「毎年毎年きれいになっているという手ごたえがあるのが驚き。無謬性を乗り越える。当事者になってしまう。自治体を巻き込んで、追及するのではなくいっしょにやっているのがすごい」と熊田氏は感嘆を続けた。

 2年前に中海テレビを取材した境にとっても、これはカルチャーショックだった。「社内でどこまでかかわるのかという議論はあったのか」と聞くと、三浦氏は「それはなかった」と即答。「(三浦氏が)20年前に入社して初めて担当したのがこの番組。取材した方々が口々に中海がきれいになるといいよねと言っていた。放送局が関わっていいテーマだと思った。行政も中海をきれいにしたいというのは同じ」と屈託がない。『中海物語』は、国に責任があると描いているが、国は何をしていたんだという追及にはなっていない。三浦氏に言わせれば、そうはならなかったのだどいう。「こうなっちゃったのでこれを再生するのは地域の役割だよね」という姿勢になったのには、先述のジャーナリスト・ばばさんの役割も大きいのだという。中海テレビの取り組みはソリューションジャーナリズムと呼びうるものだが、その言葉を特に意識せずに、地域の課題を解決するのは必然と捉え、ごく自然体で取り組んできた。

中海テレビ加藤社長・高橋会長登場

 熊田氏は「僕らだと絶対にできないのは20年という時間」と、異動が避けられない大手メディアの困難を吐露する。自治体の役所にも異動があり、市民も高齢化する。このような壁を中海テレビはどう乗り越えてきたのか……と問いを発したところで、中海テレビの加藤社長と高橋会長が登場。

 加藤社長は「ほとんどいいことを中心にきょうは発表させてもらっているが、決してこんなに順風満帆ではなく、課題山積している会社であり業界」とほほ笑みつつ冷静に話す。境が「コミチャンがあるから支持されているという手ごたえはあるか」と聞くと、「結論から言うとあります」ときっぱり。ただ。新規加入の一番の理由がコミチャンではないという。その一方で、中海テレビは解約率が他局に比べて非常に低いとのことだ。「増加・維持ができているのは地域のためのチャンネルを一生懸命作っていることが大きい。通信・エネルギー事業をやるうえでベースになっているのが中海テレビへの信頼。信頼は日々ニュース・報道をやっている会社が新しいサービスを始めたという実感があるし、データもある」という発言は三浦氏の発表と完全に符合する。

 高橋会長は「テレビの末席に加えていただいてる者としてはNHK、民放は憧れの存在。いっしょになってやっていきたい。テレビという文化を存続して盛り上げていくことが必要」と熱く語る。これには境が「『地上波の知らないケーブルテレビ』というタイトルをつけたのはそういう意図」と我が意を得たりと応じる。高橋会長は続ける。「もともと今から35年前に、仲間といっしょにケーブルテレビを作ったが、それはすばらしい地域を作る事が目的だった。市民がケーブルテレビを利用する。それでパブリックアクセスチャンネルを作った。放送局にいかに市民が情報を集めるか」「チェックをどうするか。第三者委員会を作っている。放送事故が起こってから第三者委員会を作るのでは遅すぎる。地元の有識者を集めて、カンファレンス制度を作っている」。高橋会長の発言から感じられるのは、中海テレビは仕組み作りに大きなエネルギーを注いできたということだ。

「テゴネットやNPOなど、仕組みをたくさん作っている。(番組作りにおいては)パブリックアクセスチャンネルは市民、鳥取県民チャンネルは大学などとコンソーシアムを作っている」このような仕組みは、どれだけの情報を放送局に集められるかを目的とする点で一貫している。宇沢弘文についても、米子出身であることを地元の人があまり知らないため、「宇沢会」という勉強会の活動を始めると、NHKが放送し宇沢理念が全国に広がった。中海の再生も同様だという。中海テレビは啓蒙してきたが、当初市民は無関心。ただ環境問題を訴えても市民は参加してくれないので、きっかけ、仕組みを作ったと高橋会長は語る。今回の『中海物語』の総集編は、これが終わりではなくスタートだという。「これから市民のためにどんなインフラを作って、県外の方に来ていただき、市民に喜んでいただく施設ができるか。それができないと終わりではない」と発言に熱を込めた。

参加者とのQ&A~まとめ

 三浦氏のプレゼンテーション中から、Zoomのチャットには参加者から質問が次々と寄せられていた。以下、主なものを抜粋して紹介する。

Q:CMはないか。
三浦氏:つけている。ケーブル局の中でCMをつけているほう。人件費を除いた番組制作費の75%が広告費。いい番組をつくれば広告がつく。

Q:地元の放送局との関係は。
三浦氏:現状としては映像の融通はできていない。同じ地域にいるので(地域の)役に立つと意味では同じ目線。情報カメラを融通したり、災害時の情報を融通することはできると思う。

Q:社内のキャリアパスは。三浦さんは制作現場でスタートして(そのまま)ポジションが上がっていったが。
三浦氏:最近はジョブローテーションしている。放送だけではなく営業も必要。若手はいろいろ経験させる。ある程度以上になると同じ業務をしている。

Q:行政や地元企業と距離が近い中で取材のペンが鈍ることはないか。
三浦氏:鈍ってはならないと思っている。メンバーシップにならないので、言うべきことは言う。クレームがついたら高橋社長・加藤会長が防御する。

 境が「加入者は中海テレビの存在に価値があると考えているから加入するのでは」とのコメントを紹介し、「確かにそういう存在なんだろうと思った」と述べた。災害のときに地元のことは中海、全体のことはNHKという棲み分けができていることが、地域に必要と思われている証拠と指摘する。これが既存の放送メディアと大きく違うところだ。

 ここで、京都産業大学教授・脇浜紀子氏が神戸から登場。脇浜氏はかねてから中海テレビに注目し、境が取材に訪問するきっかけを作った「2001年に初めてお伺いしたときと変わらない高橋さんの熱。各地の放送局伝播してほしい」と脇浜氏。地域メディアを長く研究する脇浜氏は、「一言だけ言いたかったのは、ジャーナリズムなのか公共メディアなのか」と問題提起した。コロンビアジャーナリズムレビュー(CJR)のポッドキャストで、エディターパブリッシャーの『ローカルニュースについて語るときは表現の自由を一旦忘れるべきでは』という発言に衝撃を受けたことを紹介した。これに熊田氏は「サービスジャーナリズムといって、いま目の前のほしい人に出すのもジャーナリズム。(災害時に)どこの避難所が空いているとか、水を配っているかとか(の情報提供)をジャーナリズムがやっている。ここに批判はいらない。きょう燃えるごみの日が出るのは究極のサービスジャーナリズム。間違いなく両立する」と応じた。

 議論はたけなわだが、予定時間が近づいてきたので境が締めくくりにかかる。「中海テレビは新しい流れを30年前からやっている。すべてのメディアに参考になる姿勢」とあらためて賛辞を送る。三浦氏は「ぜひ米子に来てみなさんに中海テレビをご覧いただきたい」と呼びかけた。コロナ禍が収束したら、ぜひ米子や中海に足を運んで、中海テレビの実践を肌で感じてほしい。

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