テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2018年04月号

幻と消えた放送法改革案と幻に反論しつづける奇妙な反応

2018年04月17日 16:58 by sakaiosamu
2018年04月17日 16:58 by sakaiosamu

メディアを沸き立たせた放送法改革案は幻だった?

4月16日、内閣府の規制改革推進会議が首相官邸で開催された。安倍首相に対して規制改革推進会議から「放送を巡る規制改革について」という趣旨で2つの書類が渡された。これについては各メディアが報じている。

→規制改革推進会議 4月16日「放送を巡る規制改革について」議事次第

報道にあった通り、また渡された書類を見ても、3月半ばから報じられた「放送法改革案」とはずいぶん違うものだった。もっとも話題になった「放送法4条の撤廃」はまったく触れられてもいなかった。

もともと、4月の初めから「4月16日に書類が渡されるらしい、内容はずいぶんトーンダウンしたらしい」との噂が飛んでいた。実際、出てきた書類の今後の検討課題にはこうある。

(1)通信・放送の融合が進展する下でのビジネスモデルの展開の方向性
  ・ ネット配信進展のもとでの通信
  ・放送(公共・民間放送)の枠を超えたモデルのあり方 等
(2)より多様で良質なコンテンツの提供とグローバル展開
  ・ コンテンツ・ビジネスの競争促進とグローバル展開
  ・ クリエイターなど制作現場が最大限力を発揮できる環境整備
   (著作権処理や取引構造などの改革を通じたコンテンツの制作と流通の活性化) 等
(3)上記の変革を踏まえた、電波の有効活用に向けた制度のあり方 

放送法4条はおろか、ソフトハード分離も、外資規制撤廃も何も書かれていない。あれだけ大騒ぎしたのに、拍子抜けだ。もちろん、議論の先にソフト・ハード分離などは出てくるかもしれないが。

これについて「報道が出てマスコミが一斉に反対したから内容を取り下げたのだ」という見方もできる。だが筆者は本件について情報収集してきて、そうではないと思っている。そもそも、あの案は規制改革推進会議から出た案ではないので、16日も出なかった。それだけの話なのだ。可能性としてあったのは、首相官邸側からあの改革案が出て来ることだったのではないか。

あれだけ新聞各社が反応し社説にまで書き、テレビ局キー局トップがそれぞれ「民放は不要とは!」とはっきり怒りを表明した「放送法改革案」は出てこなかった。つまり幻となったのだ。公式には出てきてない「幻の放送改革案」にマスコミがこぞって反論してきたのは、結局なんだったのだろう?おかしな展開だ。マスコミが政権に勝利した、などというカッコいいものではない。公式に出てきてもない改革案をメディアがこぞって潰したとも言える。それはマスメディアの正しい姿勢だろうか?

幻に反論し続ける民放連と新聞協会のまずい情報発信

16日の規制改革推進会議の提出書類を見て、これまで反論してきたマスメディアのお歴々はどう感じたのか。権力の横暴な改革案に言論の力で対抗できたと喜ぶなら、それはそれでいいと思う。ところが、民放連と新聞協会それぞれがコメントと見解を出している。これがまた不思議なのだ。

民放連のコメントを読んでもらいたい。→民放連WEBサイト「規制改革推進会議「通信と放送の融合の下での放送のあり方について」に関する民放連コメント

少し引用すると

これまで新聞報道などで伝えられた、民間放送の公共的役割 やビジネスモデルを否定するような文言はありませんが、改革の基本的方向は 変わっていないように受け止められます

このコメントには首をかしげてしまう。ここで言う「改革の基本的方向」とは何のことだろう。筆者にはまったくと言っていいくらい、幻の放送法改革案と16日に出た方向性は違うと思える。4条撤廃も、民放不要論も書かれていない。いちばん反論していたポイントがないのに変わっていないというのは何に異論を唱えていたのかわからなくなってしまう。

辛辣な言い方をするが、民放連の関係者は、いまのネット社会でこのコメント発信のどこに得があり、どこに損があるのかをよくよく検討したのだろうか。はっきり言うが、このコメント発表にはどこにも得するところがない。幻と消えた改革案を意識しすぎているのだ。コミュニケーションに関わる企業の業界団体が、そんな計算もしないのかと不思議で仕方ない。うまく切り返すつもりもないなら、コメントを出さないほうがずっとよかったと思う。

もっとよくわからないのが、新聞協会の見解だ。→新聞協会WEBサイト「通信と放送の融合の下での放送のあり方」に対する見解

例えばこの部分を読んでほしい。

仮に放送と通信の法体系を統一して4条を撤廃した場合、政治的 に偏向した放送局や低俗な番組、事実に基づかない「フェイクニュース」などが増加し、 国民生活に悪影響を及ぼすおそれが生じる

この文書は、4月16日に規制改革推進会議が提出した「通信と放送の融合の下での放送のあり方について」に対する見解だとタイトルにある。そしてその規制改革推進会議が出した文書には放送法4条のことなどまったく触れられていない。それなのになぜこんな文言が入っているのかまったく理解できない。

そのあとも同様で、「外資規制について」「ハード・ソフト分離、災害時放送について」「電波オークション制度の導入について」などなどまったく書かれていないことについての反論が続いている。一体何を言っているのだろうと世間から思われてしまう。

新聞協会の見解は、4月16日の文書に対する見解ではなく、噂に出ていた放送法改革案に対しての見解なのだ。意図的にやっているのかもしれないが、この見解が何になるのだろうか。「幻の改革案」に対する見解を書いても、霞をかきまわすような行為でしかないのではないか。

幻の改革案は規制改革推進会議が作成したものではない

16日の会議のあとにも、規制改革推進会議の大田弘子議長や、放送改革を議論するワーキンググループの原英史座長は「報道された案は我々が議論したものではない」とコメントしている。また規制改革推進会議の3月22日の議事録には、原座長がはっきりと報道されている案と自分たちは関係ないと言っている。

→3月22日付け:第19回投資等ワーキング・グループ 議事概要 P8後半

引用すると、こう言っている。

ここ数日、放送をめぐる規制改革について、いろいろな報道が出ています。中には、党 派色の強い局を可能にするための制度改革を目指しているとか、首相が批判報道に不満を 持たれてこういった検討をされているといったような報道もなされています。全く心外な ことでございます。私たちの会議でそういった検討をしているつもりは全くありません。

心外だとまで言っている人を筆者は疑いたくはない。最近は官僚について信じられなくなってはいるが、規制改革推進会議の委員は官僚ではない。

もうひとつ、規制改革推進会議の投資等ワーキンググループで議論されたことを書きだしてみると、そのほとんどが電波割当の話題だった。放送法4条が議事録に登場したのは3月15日の東京大学宍戸教授とのやりとりの中で少しだけだ。以下は、投資等WGの議事次第からタイトルを並べたものだ。多少勝手に短縮してある。

4/4 韓国の放送(田中則広・淑徳大)制作取引(ATP)規制改革(鬼木・情報経済研究所)

3/22 テレビ×デジタル(鈴木祐司)英国テレビ産業と法制度(中村美子・NHK文研)

3/15 知る権利への奉仕(宍戸常寿・東大教授)放送法抜本見直し論(角川歴彦)3/8

3/8 AbemaTVプレゼン(小池政秀・サイバーエージェント)

2/19 ネット時代の放送(音好宏・上智大)

2/7 通信放送融合2.0(中村伊知哉・慶応大)新しい時代のテレビ(岩浪剛太・インフォシティ)

11/7 電波利用の考え方(民放連)UHF区画整理(池田信夫・アゴラ研究所)ホワイトスペース活用(山田肇・東洋大)電波割当制度審議状況(規制改革会議)

11/9 電波割当制度(原座長提出・総務省提出)

10/30 電波割当制度ヒアリングへの回答(総務省)海外の電波政策動向(飯塚留美・マルチメディア振興センター)電波割当制度改革の論点(事務局)

10/25 電波割当制度に関するヒアリング資料(NTTドコモ・ソフトバンク・KDDI・NHK・民放連)

10/24 ホワイトスペース開放(池田信夫・アゴラ研究所)米国の電波行政(小池良次・アエリアル)マイクロ波の電力伝送(篠原真毅・京都大)電波利用事業の展望(さくらインターネット)

10/17 電波割当制度への意見(服部武・上智大)移動通信システム周波数有効利用(林秀弥・名古屋大学)電波割当制度改革(山田肇・東洋大)

10/11 電波有効利用と再配分(鬼木情報経済研究所)電波割当制度改革(湧口清隆・相模女子大)周波数再編5G割当の欧米動向(飯塚留美・マルチメディア振興センター)規制改革実施計画の実施状況(事務局)

これを半年やってきた会議体が「放送法4条撤廃」だの「外資規制撤廃」だのを出してきたら辻褄があわなさすぎだろう。あるいは、議論してきたことと関係なさすぎる!と反発を買うに決まっている。反発されるようなことを彼らがする理由がわからない。

こんな風にほとんど電波割当について議論してきた彼らに対して先の新聞協会の見解にはこんな文言がある。

同会議ではこれまで、産業分野の振興を過度に重視する一方、放送事業者が放送法にのっとり果たしてきた「表現の自由の確保」「健全な民主主義の発達」という重要な役割や、放送法の根幹をなす「多元性・多様性・地域性」の原則を軽視した議論がなされてきた。

いったい新聞協会の担当者は規制改革推進会議の議事録をきちんとチェックしたのだろうか。そもそも「表現の自由の確保」などはほとんど話題にのぼっていないのに軽視も何もない。この見解だけを読むと規制改革推進会議が表現の自由や民主主義を軽視していると受け取られてしまう。新聞協会の見解はニュースとは言えないが、これでは「誤った情報を根拠にした報道」と大して変わらないと思う。

規制改革推進会議がやりたいのはまず電波割当の整理なのだ。なぜ必要かというと、Society5.0という科学技術政策の目標があるからで、その実現のために電波がひっ迫しかねないからだ。だから放送と通信の融合で電波が整理できないか、それがコンテンツ産業発展にもならないかを議論したいのだ。いつまでも表現の自由を掲げても的外れな人びとと思われかねない。

では、例の放送法改革案はいったい誰が作成したものなのか。そして文書化したのはどんな意図があったのか。それはいますでに一部メディアで報じられている。そこには一定の信憑性があるので筆者もそれにちがいないと思うが、自分でもう少し調べてから書ければ書こうと思う。

私がここで言いたいのは、落ち着いて伝えるべきだ、ということだ。この件にはメディア側の感情論が先に立っている。感情論で反論してもいいことにはならないし、世論から呆れられるだけだ。ひょっとしたら幻の改革案の狙いはそこにあるのではないかとさえ疑ってしまう。落ち着いた態度で、きちんと議論の椅子に座るべきなのだとテレビ局のみなさんには申し上げたい。少なくとも、戦略的に意見表明をすべきだ。

 

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