テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2017年07月号 vol.26

氏家夏彦氏 寄稿記事〜あやとりブログが見通したテレビの未来は具現化したか(前編)〜

2017年07月03日 11:38 by sakaiosamu

今月号から、寄稿記事をスタートする。MediaBorder読者の中には、メディアに関してそれぞれの角度から発言している書き手も多数いる。あるいは特別な事例を持つメディアの開拓者も多い。そうした方々に寄稿いただくことで、より厚みのあるメディアにしていきたい。また読者がイコール発信者でもあるという、新しいメディアのあり方の具現化でもある。

最初にお願いしたのは、つい先日フリーランスになられた氏家夏彦氏だ。ご存知の方も多いと思うが、氏家氏はTBSメディア総研の社長時代に「あやとりブログ」を立ち上げ、多彩な書き手を集めてメディアの未来を議論する場を形成した。もちろん氏家氏も記事を通じてテレビの行く末を熱く語っていた。

そこで寄稿をお願いしたのは「あやとりブログ」で氏家氏が予測したメディア状況は、数年後の今どうなったかについてだ。当時読んでくださっていた方にも、同ブログを知らなかった方にも、楽しんでいただけると思う。長文をいただいたので、前後編に分けて配信する。

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あやとりブログが見通したテレビの未来は具現化したか(前編)

氏家夏彦 メディア・コンサルタント
メディア論ブログ「あやぶろ」編集長 放送批評懇談会の機関誌GALAC編集委員
TBSで報道、バラエティ、情報番組の制作、デジタル部門責任者、経営企画局長、コンテンツ事業局長、TBSメディア総合研究所社長、TBSトライメディア社長、TBSディグネット社長を経て、2017年7月に独立


いきなり私的な話で恐縮ですが、実は私、7月からTBSやその関連会社を離れてフリーになりました。そのタイミングで境さんから、これを機にこれまでの論を振り返ってみませんかとのお誘いをいただきました。その際に提案されたのが、このタイトルです。

私はTBSメディア総合研究所の代表をしていたとき、あやとりブログというメディア論ブログを主宰しており、2013年の夏、「テレビの未来」という7本シリーズの提言記事を書きました。それから4年が経ち、テレビは実際にどう変わったのかを検証してみます。

(「テレビの未来」は、あやとりブログの後継「あやぶろ」で読むことができます→「あやぶろ」の記事

このシリーズの冒頭で、要点としてこんなことを書きました。

テレビ局は、視聴者はユーザーになったことを念頭に置き、メディア企業からメディアサービス企業に進化しなければならない。ユーザーファーストの理念のもと、全番組見逃し視聴サービスやメタデータ・プラットフォームなどの、これまでのテレビという概念を超える新サービスを打ち出し、それによって地上波テレビを再活性化させる。そして、インターネット企業を競争相手として、ユーザーに高いレベルのUX(ユーザーエクスペリエンス)を提供するために、サービスデザインという革新的アプローチで全体のサービスを精緻に結合する。さらに利益を内側に囲い込むのでなく、オープンプラットフォームによる共創という、これまでとは全く異なる発想で様々なプレーヤーを巻き込み、共栄していかなければならない。

かなり野心的で大胆な提言をしたのですが、今でもこの方向性は間違っていないと思います。

私はテレビが置かれている現状の認識として、
『いつでも、どこでも利用でき、ソーシャルメディアで話題になっているコンテンツを共有し楽しめるネットサービスに慣れてしまったユーザーの目には、テレビは不便で時代遅れだと映ってしまう。』
と、挑戦的な物言いをしました。ところがその不安は的中し、その後も視聴率は下げ止まる様子はありません。

これは民放在京キー局5社の年度視聴率の平均値の推移をグラフ化したものです。

2005年度に12.2%あったプライムタイムは2016年度には9.3%まで下がり、下落率は24.2%、しかも直近3年間の前年比は-2.7%、-2.8%、-4.3%と毎年、下げ幅を広げています。

「良い番組を作る」というこれまでのやり方では、もうテレビ離れを食い止めることはできません。ではどうすればいいのでしょうか?それについても提言で触れています。

■"全局の見逃し視聴サービス”で、テレビは劇的進化を遂げる
この"見逃し視聴サービス”は、いつも持ち歩いているスマホやタブレットやパソコンで、自宅ではもちろん、トイレでも風呂場でも自室でも、通勤通学の途中や、仕事の合間に入った喫茶店でも、1週間以内に放送されたものなら、どの局のどの番組でも見られるのだ。これまでにありそうでなかった、画期的なサービスだ。

書いたのは、わずか4年前のことですが、ネット動画の視聴環境は今とはかなり違っていました。見逃し視聴サービスを実施していたテレビ局はわずかで番組数も少なく有料で、もちろん全局による無料見逃し配信サービス「TVer」など、影も形もありませんでした。

「全局の見逃し視聴サービス」と言葉で言うのは簡単ですが、実現するには、大変なハードルがいくつもあることはわかっていました。

まず困難なのは権利処理です。番組制作に関わった権利者一人一人に許諾を得なければなりません。配信に消極的な権利者を説得しなければなりません。使われている音楽も曲によっては差し替えなければなりません。

ハードルはテレビ局の中にもあります。「放送を見る人が減って視聴率が下がったらどう責任を取るつもりだ」というカニバリ論です。本格的な見逃し配信などとんでもないというのが当時の空気でした。

さらに地方局の問題もあります。経営がどんどん苦しくなっている地方局の「俺たちを殺す気か」という声にどう向き合うのか、これも深刻です。

そして一番面倒なハードルは、在京キー局の仲の悪さです。何しろ50年もの間、視聴率というパイの分捕り合戦を続けてきた間柄です。各局がそれぞれ動画配信をやっている時に、仲良く足並みを揃える必要などないという人たちはどの局にもいます。この人たちは、今でも自局のブランドが通用すると考えています。ところが今の視聴者は、自分の好きな番組がどの放送局のものかなど全く意識していません。テレビ"局”はもはやブランドではないことを理解してもらうのは大変です。

このように困難なハードルは多く、提言を書いたとき、全局の見逃し配信が実現するのは5年後、どんなに早くても3年はかかるだろうなと思っていました。ところが2年後の2015年10月に、在京キー局5社による見逃し配信サービス「TVer」がスタートしました。なぜこんなに早く実現したのか、それは民放連の井上弘会長の力によるものだと言われています。

実はこの提言は、私がTBSメディア総合研究所の代表として経営幹部に提出したものがベースになっています。多くの方にお渡ししたのですが、唯一リアクションがあったのが、当時TBSの会長でもあった井上会長でした。井上会長は自らをデジタル音痴などと卑下されていましたが、事の本質を鋭く見抜いておられ、インターネットの持つ可能性とテレビ放送の限界をしっかり認識し、「正しい危機感」をお持ちでした。そしてテレビの未来の方向性も明確に考えておられました。まさにテレビが生きるか死ぬかの未来の選択肢を選ばなければならない重要なタイミングで、井上さんが民放連会長でいたことは幸運でした。

TVerに対しては、未だに消極的なキー局も多いようです。しかしテレビ"局”はブランドでなくとも"テレビ”がブランドでいるうちに、みんなで生き延びる道を探さないと新聞の二の舞になります。

新聞がYahoo!にバラバラに記事を売ったことによって、新聞記事のネット上の経済的価値は地に落ち、美味しいところは全てYahoo!に持っていかれました。この新聞業界の失敗を見れば、テレビ界はまだ力のある今のうちに何をやればいいのかは明らかだと思うのですが。

(後編に続く)

※後編は7月6日(木)お昼頃配信予定です。後編は最後まで読むのに「読者登録」が必要となることをご了承ください。登録は、このページ左上のオレンジのボタン「読者登録する」からとなります。まずPublishersというシステムでIDを取得したのち、MediaBordeに登録してください。

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