今年初開催のイベント「078」で見た、神戸発信の映像メディアについてのディスカッション

今年のゴールデンウィーク後半、私は神戸にいた。神戸で初めて行われたイベント、「078」に参加するためだ。ちなみに078とは神戸の市外局番。

画像は、078ウェブサイトより

このイベントの目的については、こちらのリリースを読んでもらうといいだろう。

→イベント「078」プレスリリース

リリース文から一部引用すると”市民の「生活」の向上をテーマに、都市で楽しむ「音楽」「映画」に加え、社会変化を加速させてきた「IT」、上質な「食」文化等の各分野およびそれらの複合領域を対象とし、ライブ、カンファレンス、展示会などを組み合わせた実験的・国際的な集約点を目指します”とある。神戸市民を中心に様々な活動をする人々が集まり発信する草の根型のイベントで、2日間で36,500人が集まったというから初めての催しとしては大成功と言えるだろう。

私を呼んでくれたのは、読売テレビでアナウンサーとして活躍し、この春から京都産業大学の教授に就任した脇浜紀子氏だ。脇浜氏はテレビ局在籍中から研究者としても活動しており、私も前々から交流があった。2015年11月の大阪での民放大会で私がコーディネーターを務めたシンポジウムでも、パネリストとして参加してもらった。

→MediaBorder該当記事

今回は民放大会とは逆に、脇浜氏がコーディネートするセッションに私が呼ばれた形だ。

→078「テレビ」のリ・インベンション〜あなたのメディアとのつきあい方はここまで変わる〜

このセッションはフジテレビでホウドウキョクを立ち上げた福原伸治氏と、AbemaTVでリーダーシップを執る卜部宏樹氏が一緒に登壇し、刺激的な内容だったと思う。だが私がここで紹介したいのは、脇浜氏がモデレートした、翌日のもう一つのセッションだ。

→「神戸の映像情報発信について徹底討論」

 

神戸から発信する映像メディアの可能性を、本気で議論するという趣旨だ。 

登壇者は以下のようなメンバー。(写真の並び順)

  • 神戸市市長室広報部長兼広報官:林芳宏氏
  • BAN-BANネットワークス(株)シニアマネージャー:福田宏司氏
  • Kiss FM KOBE代表取締役社長:横山剛氏
  • (株)サンテレビジョン取締役:宮田英和氏
  • 読売テレビ・チーフプロデューサー:結城豊弘氏

サンテレビは読者諸氏もご存知の通り、兵庫県の県域テレビ局で阪神戦で有名。BAN-BANネットワークスは加古川市を中心としたケーブル局。Kiss FMも兵庫県のFMラジオ局で、読売テレビ以外は地元のローカルメディアだ。読売テレビも関西のローカル局ではあるが、その放送エリアは大阪府だけでなく、兵庫県も含んだ関西広域圏なのがそこにいた他のメディアと違う。

このメンバーを見て、私は脇浜氏の意図がわかってきた。読売テレビ在籍時に彼女が感じた疑問を前に聞いたことがあるのだ。それは、広域圏の矛盾。兵庫も京都も奈良も和歌山も滋賀も放送エリアなのに、大阪の情報が圧倒的に多い。神戸出身の脇浜氏としては、自分が伝えることの中で自分の地元の占める割合があまりにも少ないことを疑問に感じていたそうなのだ。

地方の人だと、自分の県にテレビ局が少ないことが不満だったりする。だが関西のような広域圏では逆のことが起こるのだ。日本のテレビ局のシステムの不可思議な側面だと思う。

だからこそこのセッションでは、神戸発の映像メディアを考えたい、ということだと受け止めた。

神戸を紹介することについて、既存メディアからの手厳しい意見

セッションはまず、脇浜氏のイントロダクションから始まった。やはり地上波テレビの関西広域圏の話をし、兵庫県は人口552万人なのに地上波テレビ局はサンテレビのみなのに対し、福岡県は510万人と人口は同程度ながら地上波局は東京同様5つあることを指摘した。それぞれの情報発信をネット検索しても、福岡の方が圧倒的に多く出てくるそうだ。兵庫発、神戸発の情報発信は人口規模を考えると足りないのではないか、との問題提議だった。私は福岡出身なので、誇らしいような申し訳ないような複雑な気持ちになってしまった。

これを受けて神戸市広報部長として林氏が自らの切なる悩みを述べた。まず、神戸市が映像による情報発信にかける予算は近年大幅に減っている。

既存メディア(つまり地上波テレビ)の視聴率が漸減し、特に若者層へのリーチがしにくくなっている中、予算を減らすとともにYouTubeなどネット上の映像配信にシフトしているのだという。これには林氏としても忸怩たる思いがあるようだ。

画像はYouTube「kobecitychannnel〜避難勧告!その時、どうする?」より

例えばこの動画は、サンドアートで災害時の避難を訴えるもので多くの視聴数を獲得した成功例だ。だがやはり、基本的なコミュニケーションとしてネットではなく既存メディアの力を借りたい。そこで、林氏は登壇している各メディア諸氏に、なんとか神戸を取り上げてもらうようお願いした。

ここからディスカッションになるのだが、前半では神戸市に対して手厳しい意見が相次いだ。その中で結城氏の主張はわかりやすくまたあけすけなものだった。

「予算をかけないで取り上げて欲しいと言われても、私たちは営利団体ですから」と言う。確かに、林氏の言い分は虫がいいと言えばいいのだ。地上波テレビ局への予算を減らされたことをグラフに示した上で「神戸のことを取り上げて欲しい」と言うなら、神戸市の予算をもう一度増やすよう努力すべきだということになる。

さらに結城氏はこんなことも言った。「例えばぼくの番組(結城氏は「そこまで言って委員会」のプロデューサー)でなぜ神戸を取り上げないか。神戸にネタがないからですよ」この意見には、脇浜氏の頭の中から”カチーンッ”と音が聞こえた気がした。

またKiss FMの横山氏は、林氏が「若者に選ばれる街になりたい」と言ったことに対し「若者に選ばれたいと言ってるところがもうアウトです」と言ってのけた。

二人の言うことは辛辣だが正論で、林氏の願いは図々しいとも言える。だが林氏のほんわかしたキャラクターで、見ていると手助けしたくなる気持ちになってしまった。

神戸発の映像メディアの提案には、パネリストたちも大賛成

そんなハラハラする展開の中、後半では脇浜氏が一つの”提案”をした。「神戸発のテレビをやってみたらどうでしょう。ネットならできるんじゃないでしょうか。そこに今日お越しのみなさんが力を貸してもらえないでしょうか。」神戸からの映像配信をネットでやりたい、みんなで協力して欲しい、というのだ。

そうなるとサンテレビの競合になってしまうが、宮田氏は「それはいいことですね。うちも競争になりますが、受けて立ちますよ!」と粋に切り返した。あるいはサンテレビとの協力関係もあるかもしれない。

それを受けてさっきまで厳しい言葉を浴びせていた結城氏がこんなことを言った。「自分は実は鳥取出身で、境港市に「水木しげるロード」をつくる運動をした経験があります。妖怪の町にするのかと反対意見も出たけど頑張って実現しました。地方からの情報発信は、大賛成です!」前半で言ったことも嘘偽りない意見だったのだろうが、神戸発の映像メディアという心意気には賛同すると本気で言ってくれたようだ。

もやもやとした結論ではあったが、神戸発の映像メディアを実現するなら、各既存メディアは喜んで力を貸す、という空気ができた。後から考えると、前半の手厳しい意見も、場を盛り上げるために結城氏や横山氏が計算ずくで言ったのかもしれない。実際、辛辣な意見でも会場はむしろ楽しく沸いたので、さすが関西人、議論を盛り上げようと厳しいことを言ったのだろうと勝手に推察した。

質疑応答の時間には会場から「ローカルメディアには面白いキャスターがあまりいない。神戸発のメディアでは脇浜さんがやるべき」という意見が出て、さらに会場が沸いた。

こうなると、脇浜氏をキャスターに、神戸市が少ない予算でもネット上での「神戸テレビ」を立ち上げないといけないのではないだろうか。もちろんそんなことをイベント一回で決めるわけにはいかないだろうが、とても未来ある”芽”がこの日、生まれたと思う。

同じ議論を、全国の都市で、全国のメディアが行うといい

さて私がこのセッションをここで取り上げたのは、この「〇〇〇発信の映像メディアを作ろう、既存メディアも力を出し合おう」という結論には大きな価値があると考えるからだ。とくに、ネットワークの地上波テレビに加えて県域局、ケーブル局、 FM局などと力を合わせることには、重要な意義があると思うのだ。

メディアは何のために存在するのか?面白いコンテンツを送り届けるため?それを見るため?そこに広告を入れ込んで商品を売るため?もちろんそれらは全部正しいし必要だ。だがそもそも、メディアはコミュニティのため、つまり受け取る人びとのためにあるのだ。人びとのためになってないなら、面白いコンテンツも広告活動も成立しないし効果が出せない。

これからどう押しとどめようとも、メディアは価値を問われ、とくにローカルでは再編の波が起こる。その時に、誰につくだのどう生き残るだのの前に、その地域コミュニティのためになるメディアかどうかが問われるはずだ。だとしたら、既存メディアのくびきを離れて、原点から映像メディアを人びとのために立ち上げること、そしてそこに既存メディアがどんな協力ができるかを考えることは、巻き起こる再編に対し実は強いイニシアチブをもたらすのではないだろうか。

今回の神戸での議論は、全国の都市、日本中のメディアで同様に行われるべきではないかと思う。テレビがどうなるか、どう生き残るかよりも、これから各地域でどんなメディアが必要かの方がずっと大事なことではないだろうか。