テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2016年11月号

8Kを生かした物語づくりには、「現像」が必要になる〜IMAGICAとROBOTが取り組んだリアル・ファンタジー「LUNA」〜

2016年11月04日 08:02 by sakaiosamu

映像業界では、4Kの実用化がはじまろうとしている。そして少し前までは具体化がイメージできなかった8Kも、今年はオリンピック映像をNHKがデモンストレーションしていたせいもあり、にわかに実用化の流れが感じられるようになった。

そんな中、私の古巣・映像制作会社ROBOTから、8Kでストーリー映像を制作したので見にこないかと誘いを受けた。ROBOTはイマジカ・ロボットグループの一員であり、IMAGICAとは資本的に兄弟関係の会社だ。今回の映像も、IMAGICAの最新の8K編集スタジオで完成させたという。IMAGICAとROBOTが力を合わせて制作した「LUNA」という短編を見に行った。

IMAGICAは五反田が本拠地だが、渋谷の公園通りに8K4K専用のスタジオである、「渋谷公園通りスタジオ」を新設していた。「LUNA」の試写も、何しろ大型の8Kモニターが必要なので、そのスタジオで見せてもらった。

私は正直、「画質」にはさほど興味がない。確かに4Kはすごいし、8Kはリアルすぎて驚くが、一方で「それがなに?」とも思っていた。そんな私にも「LUNA」は非常に画期的に映った。「画質」が物語に影響を与えることをあらためて思い知ったのだ。だがその感覚はつい最近、別の映像でも味わった。そうだ、「君の名は。」で見た新海誠監督の作風がまさにそうだった。

実際、物語も高校生の淡い心の行き交いとすれ違いの話で、新海作品へのオマージュにも思える。それも含めて、8Kの高画質だからこそ描けた思春期の微妙な心の動きが、私のような鈍いおじさんにも伝わってきた。8K映像というと、きれいな風景やお祭りの絢爛ぶりが「定番」になりつつあったが、それとは違う、ひょっとしたら8Kが本来持つ可能性を形にした初めての映像かもしれない。

中でも、夜空の表現が素晴らしい。空の藍色の中にうっすら白く浮かぶ雲や、街の夜景が絵に描いたように美しく映し出される。それを背景にした少女の表情も情緒的に切なく映る。私の目にも、不思議で見たことのない映像だった。

制作の中心を担ったのはROBOTのプロデューサー・諸石治之氏、ポストプロダクションのデリケートな作業に携わったのはIMAGICAの殿塚功一氏。お二人に、制作の経緯や工程について話を聞いた。

 
※殿塚功一氏(左)と、諸石治之氏(右)

諸石氏は、これまでも4K8Kの映像制作に携わってきた。8Kは今年試験放送が始まり、少しずつ撮影機材やポスプロ環境が整ってきた。そして、8Kの新しい可能性を切り拓くため、風景やドキュメンタリーだけでなく、心を動かす物語映像でこそ花開くのではないかという思いで、「LUNA」を企画した。

「8Kの表現力を最大限に活かすモチーフとして"月”を選びました。映像美と物語が融合した、超高精細エンターテイメントコンテンツをめざしたのです」

諸石氏のそんなビジョンのもとに、ROBOTの意欲あふれるスタッフが集まって制作が始まった。

「8K映像で物語を描くことで、すぐそこで行われているようなリアリティ、映像世界との一体感が創出できると思いました。それにより、見る人の感情を揺さぶり、物語を"体験”してもらうことができます。」

確かに、見ているうちに映像の中に引き込まれるようで、まるで登場人物たちと同じ空間にいるように感じられた。なかなか得られない映像体験だ。その独自な体験を表すコンセプトとして諸石氏は「リアル・ファンタジー」という言葉を掲げる。高精細映像というと、ドキュメンタリーを想起しがちだが、リアルだからこそファンタジーが描ける。それは発見だと思った。

さてこの映像を最終形にするためにはどのような技術が必要なのだろう。殿塚氏の説明から「現像」というキーワードが浮かび上がってきた。

「今までのテレビの撮影では、カメラ自体で色付けしたデータを使用していました。それを調整するのが"カラコレ”と呼ばれる工程です。今回の8K映像制作では、RAWデータで収録を行い "現像" をしてから グレーディング作業を行っています。」

高精細だからこそ、すでに色が付いた映像のカラコレではなく、映像をデータから"現像”するのだ。まるでフィルムの世界に戻ったようなプロセスが、とても興味深い。フィルムがデジタルになって扱いやすくなったはずが、8Kになるとデリケートに戻っているのだ。

「撮影には512GBのメモリカードを使って記録します。8Kだと、512GBに20分間入るので、それを過ぎるとカードチェンジが必要です。撮影終了後には、そのデータのバックアップをとってまたそのメモリカードを使います。データの取り扱いはノウハウが要るので、専門の人材が必要になってきます。」

HDDに映像を記録できるようになって、無限に撮影できると思っていたら、8Kになるとフィルムチェンジのようにカードを替えなくてはならない。これもまた、フィルム時代に戻るような話だ。

 

いろいろと手がかかるし初体験の作業だらけで苦労も多かったようだが、ROBOTとIMAGICAそれぞれの実績が困難をフォローしたようだ。でき上がった作品は、おじさんの目を潤ませるほどのクオリティだった。映像にはまだまだ、できることがある。ましてや8Kによる映像制作は未開の荒野。開拓するべきフロンティアだ。

   

IMAGICAとROBOTは、2006年に経営統合して10年が経つ。企業が一緒になってから実を結ぶまでにはなかなか時間がかかるものだが、この8Kの制作は未来へ向けて芽を出しそうに思える。少なくとも、まだ誰もやったことのない取組みだ。今回の作品はデモンストレーション用のものだが、いずれ近いうちに大きな大きな実を結ぶものと期待したい。それはまた、日本で8Kがなんらかの具体的な広がりを見せる時だ。さほど遠い話でもないと思う。

●  「LUNA」および8K高精細の映像制作について、より詳しく知りたい方は下記宛にご連絡を。

>> 株式会社ロボット プロデューサー 諸石 治之(moroishi@robot.co.jp)

※  今月幕張で開催されるInterBEEで、諸石氏と殿塚氏が登壇し「LUNA」について説明する予定。詳しくはこちら(11月18日14時から)⇒InterBEE Creative


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