テレビとネットの横断業界誌 Media Border

2018年08月号

「地域NO.1放送局」から「地域NO.1メディア」へ!地域戦略に大胆にシフトしたKBC九州朝日放送

2019年03月08日 09:22 by sakaiosamu
2019年03月08日 09:22 by sakaiosamu

7月13日、筆者は福岡市のKBC九州朝日放送の本社ビルを訪れた。福岡の繁華街・天神の中心部から徒歩で7〜8分。福岡市出身の筆者が子どもの頃からある、市民にはおなじみの建物だ。たまたま前日に、日本マーケティング協会九州支部での講演に呼んでいただいたので、これを好機と前もって取材のアポを入れておいた。この4月から5カ年の中期経営計画をスタートさせ、それに伴い大きな組織改編を行ったと聞いていた。その具体的な中身を直接聞きたかったのだ。 

2年前に社内研修で呼んでいただいた際にお会いした和氣靖社長、そして4月から地域共創ゼネラルプロデューサーに着任した大迫順平氏のお二人にお会いできた。そこで吸収したことをできるだけわかりやすくここで読者のみなさんにお伝えしようと思う。ただ非常に濃い内容なのでじっくり、ゆっくり読んでいただきたい。とくにローカル局のみなさんにとっては大いに参考になるお話だと思う。

まず先に概要だけ書き並べておきたい。

  1. KBCは5カ年の中期経営計画で、「地域戦略」を核として打ち出した。
  2. それまで取組んできた海外展開はサスペンドした
  3. 新しい時代に対応するためメディア工房を部署として編成した
  4. これらに投資するため年間の最終利益を半減する予算を立てた
  5. ラジオは単体で収支を追わずKBCというメディア全体の中でポジションする 

私はかねがね、日本のメディア企業には”経営”がないと感じていた。上場した企業さえも正式に中期経営計画を発表するところは少ない。あるキー局のそれなりの立場の人に「御社は経営計画ってあります?」と聞いても「さあ・・・あるんじゃないかな?」という曖昧な答えが返ってきて驚く。

KBCで和氣社長にインタビューして一番の感想は「これが経営だ!」というものだった。戦略を明確に立てて投資も予算化してそのために利益が薄くなることも織り込む。2020年という節目の年が近づき誰がどう見てもメディアに本格的変化が訪れる中、実に正しい考え方だと受けとめた。


※KBCの和氣社長。情熱的に話してくださった。

KBCが何にどう取組もうとしているか、できるだけつぶさに文章化してみよう。

KBCのエリアとポジションを踏まえて出した経営計画

まず今回の5カ年計画について、和氣社長は特別な意味があることを語ってくれた。

「2018年度から2022年度への5年間を見たときに、それ以降に考えられる大きな環境変化を想定して取組むべきと考えました。従来型ビジネスモデルが崩れる可能性も含めて、我々の力と所与の条件をきちんとおさえ、これからの5年間に何をすればそのあと成長できるかを見すえたということです。2023年以降、自分の次の社長が進めやすい土台だけでも作りたい。それが私の基本的な考えです」

激変するメディアの未来、テレビの将来に備えての準備期間としてこの5年間を設定したというのだ。これから放送局は大変なことになると業界のほとんどの人びとがわかっているのに、どうすべきかの議論はほとんどなされていない。KBCは、その困難な議論に取組んだ。

「KBCの持っている条件は何かと考えたとき、視聴率はありがたいことにナンバーワンです。2018年の上半期も、全てのカテゴリーで1位をいただきました。またマクロで見ますと、多くの県で人口がシュリンクしていく中で福岡はまだ発展している。それがバックグラウンドとしてあります。」

福岡の活気とKBCがその中でトップだからこそ、大胆に未来への一歩を踏み出す判断ができた、ということだ。

海外とネットを封印し、全社員のリテラシー向上へ転換

そして今回の中計では、海外展開を思い切って戦略から外す決断をした。

「地方局では特に”ネット”と”海外展開”が取り組むべき領域だったと思います。この七、八年それらに取組んできて、その延長線上で5年後何ができるかを考えたときに、残念ながら収益が描きがたいと私なりに判断しまして、メディアビジネス局を一旦サスペンドしました。その中にあった国際部も含めてです」

KBCはローカル局の中でも、ネットや海外展開でユニークな具体例を数多く持ち注目されていた。それをあえてストップするのは大きな判断だっただろう。それくらい突き詰めて議論したことが想像できる。

その代わりにできた部署がメディア工房だ。これまでのいわゆるネットコンテンツを制作する部門とはまったくちがうという。

「一部のエキスパートに専門部局を作ってやらせるということはやめて、全社員のITリテラシーを少しでも上げていくのが目標の部署だと定義しました。10月からiPhoneを 全社員向けに導入します。その使い方を全員で学びとり、傍観者ではなく誰もが当事者になるという意識こそが大事。5年間で社員1人1人のメディアリテラシーを上げる。それをやっていく中でいろんなことが出てくるんじゃないかなと考えています」

地域こそ事業の源泉だからこそ「地域戦略」を核に

さらに海外戦略の裏張り、真逆として「地域戦略」が今回の経営計画の核として打ち出された。

「我々は県域免許を受けて福岡で放送しているわけですが、本当に福岡のことを隅々までわかっているだろうか。県下の様々な地域に向き合ってきたかと言われると、甚だ心もとない。KBCは”地域の皆さんに価値ある情報を届け続ける”ことをミッションにしています。我々にとって事業の源泉も地域にしかないんですよ。KBCが東京に本社を移しますなんてこと絶対あり得ない。事業の源泉である地域にきちんと向き合うこと。口で地域を重視していますと言うだけではなくて、具体的にどういう形で示していくか。人のネットワークを積み上げていく。地道に積み重ねていく。本当に地域と向き合う。地域の皆さんからもそうお認めいただけるように、この5年間続けていく。幸い、我々には『アサデス。』という強力な地域密着番組がある。これがなかったらとても発想できなかったと思います。ウィークデーの毎日6時から8時まで2時間の総合情報番組。視聴率も13%前後はコンスタントに取れている。それがあるからこそ地域に取り組めるんだと思っています」

話を聞きながら、和氣社長の熱に圧倒されていた。社長個人が、そして会社として本気でこの地域戦略に取組もうとしていることが、はっきり私の胸に刻まれた。

だがこの地域戦略は、すぐに収益が上がる取り組みではないだろう。株主からの理解は得られたのだろうか。

「地域戦略はこの5年間、お金を使う一方だけれど実行する。だから今年度の予算は、前年実績の最終利益を半減させています。調子が悪いから半分にするのではなく、何もしなければ同じ利益が出せるけれどもその分を戦略的支出に充てます。うちは上場してませんから、それができる。株主の皆さんにも、普通なら利益を半分にするなんて何を考えているのだと言われかねませんが、非常勤で取締役を出していただいている会社には賛同いただきました。私は新聞記者あがりで、テレビ番組を作ったこともなければ、営業として何かを売ったこともないです。何をどう動かすか、全体を見て考える。それだけがわたしが報酬を得る意味ですから」

和氣社長は、朝日新聞社で25年経済記者を務めたのち、10年近く経営に携わり常務にまでなっている。経済と経営には詳しいのだ。だがそれにしても、経営とは何をすることかをきちんと形にし、将来への布石を打つ姿勢を株主に説明している。日本のメディア企業にどれだけそういう”経営者”はいるだろうか。

ラジオはKBCという地域メディアの一環

さてKBCはラジオ放送も行ういわゆる兼営局だ。5カ年計画の中で、そして地域戦略の中で、ラジオはどう位置づけているのだろう。地域戦略を具現化する中で、フットワークの軽いラジオが持つ役割は高まりそうだ。

「ラジオについても中計の議論の中で大きく発想を転換しました。これまではラジオ単体の事業として見た上で、環境的に厳しい中、基本的には収支均衡を目指してきました。もうその考え方はやめましょうと決めました。今回の中計で、KBCは地域のNO.1放送局からNO.1メディアをめざすことにしました。その中でラジオが目指すべきことは、単体の収支改善ではなくて、地域のNO.1メディアを目指すKBCの戦略にラジオとしてどれだけコントリビュートできるか。そう設定しました。地域に関わるにはラジオの方が小回りも効く。全社で取り組む地域戦略の船頭役になってくれとラジオの役割を定義したんです。だから2018年度はラジオの収入目標を下げました。地域戦略で当面は収入を目指さないと言ってますので、その先兵のラジオが予算を上げてしまうと成り立たないわけです。プライオリティーは何かといえば、ラテ一体となって、地域戦略を遂行すること。ラジオの場合は自社で75%ぐらい制作しているので、柔軟に対応できます」

ラジオの位置づけについても、全体戦略の中で考えている。この点にも”経営”を感じた。そして地域戦略を柱にした時、ラジオの役割は高まりそうだ。


※ラジオとテレビの編成がひと目でわかるタイムテーブル

その考え方が、タイムテーブルに見事に表現されている。

「65年の歴史で初めてタイムテーブルを一つにしました。編成上でテレビとラジオが一体となる、その証としてやってみたのです。今回の水害でも、7月6日の金曜日(西日本でもっとも被害が大きかった夜)には野球中継を飛ばしてテレビとリレーする形で、22時まで、つまり報道ステーションが始まるまでラジオで災害報道を続けました。うちの役員待遇エグゼクティブアナウンサーの沢田幸二が、この日は実質13時から9時間椅子に座りっぱなし。テレビのL字画面にもラジオで災害放送していますと流してもらっていました。将来的には総合編成というのは、ラジオテレビ問わず福岡から常時何か発信しているのが美しい姿と思います。ラジオを持っていることを重荷に考えてもしょうがない。ラテ両方持っていることを強みにしていくのがKBCの姿勢です。」

兼営局にとってラジオは悩みの種という話はよく聞くが、テレビとの連携で逆に強みになる可能性は確かにある。radikoが若い世代の興味を惹きつけているのも追い風になりそうだ。

ここまで一通り文章化して、あらためてKBCにとっての”経営”の意義を噛みしめた。本来議論すべきことをきちんと議論することで、閉塞感から解放されるのだと思う。そして何より、和氣社長の熱いお人柄に感銘を受けた。情熱と論理で、課題は打開できるのだ。

さてこのお話の核となる「地域戦略」を具現化するのが地域共創GPの肩書きを持つ大迫順平氏だ。ここまで長くなったので、彼の取り組みは別に記事を立てた。ぜひ続けて読んでもらえればと思う。

→続きの記事「朝倉ウィークでの経験を60市町村へ!KBCの地域戦略の中身を聞く」

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